【日経QUICKニュース(NQN) 編集委員 永井洋一】金融不安が沈静化せず、投資家の空売り攻撃にさらされる米地銀が増えている。市場の圧力が自己実現的に金融機関を追い込み、危機を深めた2008年のリーマン・ショック前と雰囲気が似てきた。
■預金減少で空売り急増
3日夕に身売りや増資を検討していると伝わった米カリフォルニア州地盤の銀行持ち株会社パックウエスト・バンコープ。株価は4日までの2カ月間で約9割下落した。3月末の預金残高が22年末比で17%減少し、空売りのターゲットになった。QUICK・ファクトセットによれば4月14日時点の空売り残高は発行済み株式数の17.9%に当たる2110万6000株。2月28日時点では414万1000株(3.5%)にすぎなかった。
中堅や中小の地銀で、こうした傾向が目立つ。発行済み株式数に対する空売り残高の比率を2月末と4月14日で比較するとニューヨークを拠点とするメトロポリタン・バンク・ホールディングが3.1%から15.2%、ザイオンズ・バンコーポレーション(ユタ州)は2.5%から9.3%といずれも急増。コメリカ(テキサス州、2.4%から7.4%)も大幅に増えた。
■プット買いが同時進行
2月末から5月4日までに上記各社の時価総額は5~9割減少した。2月末時点の規模はメトロポリタンの約6億ドル(約800億円)から最大でもコメリカの約92億ドルと比較的小さいが、いずれも3月上旬以降に株価下落が加速している点がポイントだ。米シリコンバレーバンク(SVB)の破綻をきっかけに、投資家の間で「銀行株は売りで稼ぐ」という空気が広がったためだ。
「3月からおおむね改善し、銀行システムは健全で強靭(きょうじん)だ」。米連邦準備理事会(FRB)のパウエル議長は3日の米連邦公開市場委員会(FOMC)後の記者会見で胸を張ったが、逆に銀行株には売り圧力が強まった。問題ありとみる投資家は、利下げがなければ、銀行株が本格的に戻るのは難しいとみている。
空売りと並行して、株価が下がるともうかるデリバティブ(金融派生商品)のプットオプション(売る権利)を仕込む投資家も増えている。QUICK・ファクトセットによれば、5月4日時点のプットの建玉(未決済残高)は2月末に比べ、メトロポリタン・バンクが280倍、パックウエストが55倍に膨らんだ。
■空売り規制が有効か
リーマン・ショックや欧州債務危機を研究した米プリンストン大学のブルネルマイヤー教授らの13年の論文によれば、金融機関は空売りに弱く、危機時には空売り規制が有効だ。
金融機関は株価が下落すると預金者がお金を引き出すため、本来は長期保有の債券やローン債権を投げ売りせざるを得なくなる。そうした資産・負債構造の弱点を「略奪的空売り」と呼ばれる投機に突かれると、金融機関の経営は急速に悪化する。金融機関の株価には、長期保有資産をほとんど売却しなければならなくなる均衡点があるという。時に銀行株が1日で5割も下がるのは、それが一因と考えられる。
銀行株のプットオプションを投資家に販売した証券会社、つまり銀行株の「仮の需要家」は、株価が下がれば下がるほど自らの損失拡大を防ぐため銀行株を売らなければならなくなり、下げの悪循環に陥る。金融市場のバランスが、ある所を境に大きく崩れてしまう点を「リーマン・モーメント」と呼ぶならば、そのリスクは確実に高まりつつある。