【NQNニューヨーク=三輪恭久】米国の政府債務上限引き上げの「タイムリミット」が迫ってきた。民主党のバイデン大統領と下院多数派の野党・共和党が互いに譲らず、着地点をすぐに見いだすことは難しい。なぜ債務上限引き上げが問題なのか、経済や市場にはどのような影響があるのか、Q&A形式でまとめた。
Q:米国の政府債務上限とは何か。
A:米国は連邦政府債務の上限額を法律で定めている。米議会調査局によると、最初に法制化されたのは1917年。政府は上限までの範囲で、資金調達の柔軟性を高められるという利点があったとされる。39年には上限を450億ドルとした。今に至るまで改定されたのは102回。現在の上限額は2021年12月に定められた31兆3810億ドルとなっている。米国の国内総生産(GDP)に対する債務残高の比率は1946年に118%に達した後は徐々に低下。81年には32%となった。その後は再び上昇の一途をたどり、2022会計年度末には123%に達した。
Q:上限に到達すると何が起きるのか。
A:債務残高が法定上限に達すると、米政府による国債の償還・発行や利払いが滞り、債務不履行(デフォルト)に陥るリスクがある。上限に達すれば歳出の削減などで上限額を維持するほか、上限を引き上げたり、適用を一時的に止めたりしなければならない。法定上限を変えるには、議会による承認と大統領の署名が必要。それまでの間は、財務省が一部の公的基金の償還や投資を一時的に止めるなどの特別な措置をとったり、財務省の保有する現金も活用したりして時間稼ぎをする。
Q:これまでの展開は。
A:イエレン財務長官は1月13日に連邦議会下院のマッカーシー議長(共和党)にあてた書簡で、同月19日に上限に到達するとの見通しを示した。このときは「6月初旬までに現金や特別な措置を使い切ることはないだろう」としていた。議会予算局(CBO)が2月、その期限が7~9月になるという推計を示したが、税収が下振れすれば「7月よりも前に資金が枯渇する」と指摘した。5月1日、イエレン財務長官は新たな書簡で「6月上旬、早ければ6月1日にも支払い義務を負えなくなる可能性がある」と具体的な日付に言及した。税収が想定よりも下振れし、資金繰り策が尽きる「Xデー」が早く訪れる可能性を示した。
Q:大統領と議会はこれまで何をしていたのか。
A:バイデン大統領は無条件での上限引き上げを求めてきた。一方、共和党は政府支出を大幅に削減することと引き換えに債務上限を引き上げる法案をまとめた。今後10年間で政府の財政赤字を4兆8000億ドル削減することが柱で、24年度の裁量的な支出を22年度の水準に抑え、政府支出の増加を年率1%にとどめる条項も盛り込んだ。22年8月に成立したインフレ抑制法に含まれる項目の一部撤廃も求め、バイデン政権に揺さぶりをかけている。
Q:共和党の提出した法案が成立する可能性は。
A:共和党がまとめた法案は4月26日に下院で可決された。採決では賛成217票、反対215票と、わずか2票差で可決。222人の共和党議員のうち4人が反対、1人が棄権したためだ。上院では共和党が過半数に満たないため、可決の見込みは低い。バイデン大統領や議会の民主党と交渉するための「たたき台」としての位置づけにすぎない。イエレン財務長官が書簡を出した1日、バイデン大統領はマッカーシー下院議長と9日に会談することを明らかにし、交渉はいよいよ山場を迎える。
Q:市場ではどのようなシナリオを想定しているのか。
A:債務上限問題はこれまで引き上げるか、適用を一時的に停止するかによって解決してきた。今回もXデーまでには政府と議会が一時的な引き上げなどの妥協策を探るとみられる。前週末にはホワイトハウスが短期間の引き上げを検討しているとの報道があった。
ただ、引き上げが数カ月分にとどまれば、10月から始まる会計年度の予算案審議と次の引き上げ交渉を並行して進めなければならない。24年には大統領選と下院選がある。再選を目指すバイデン大統領と、議会での優位を保ちたい共和党の対立が一段と激しくなる可能性があるだけに成り行きを楽観視することができない。
Q:過去にはどのようなことがあったのか。
A:債務上限引き上げを巡る混乱は大統領選や中間選挙を翌年に控えた奇数年に起きることが多いが、特に深刻な事態に陥ったのが2011年だ。当時は民主党のオバマ大統領と、草の根保守運動「ティーパーティー」の支援を受けた共和党が激しく対立。引き上げ期限ぎりぎりの8月2日に予算が成立したが、同月5日には格付け会社が米国の発行体格付けを引き下げた。
Q:今回、経済への影響はどれくらいありそうなのか。
A:債務上限を引き上げられないまま、米国がデフォルトを引き起こせば、世界経済に与える影響は大きい。米金利の上昇に加え、企業の資金調達コストの上昇につながるなどで景気を冷やす。ホワイトハウスは3日付のブログで米大統領経済諮問委員会(CEA)による分析を紹介。最悪シナリオとしてデフォルトが長期に及べば、23年7~9月期に株式相場は45%下がり、830万人が失業、GDP成長率はマイナス6.1%になると衝撃的な試算を示した。「大恐慌やコロナ禍とは違い、政府が家計や企業を救済することはできない」とも述べた。
Q:金融市場では何が起きているのか。
A:すでにデフォルトリスクに備えた取引が活発になっている。デリバティブの一種であるクレジット・デフォルト・スワップ(CDS)の保証料率は1月からじりじりと上昇。イエレン長官がXデーに言及した5月1日以降は米財務省証券(TB)の1カ月物や3カ月物の利回りが急激に上昇した。株式市場や外国為替市場でも、Xデーをにらんでリスクプレミアムが大きくなっているという。
シティグループは11年の債務上限問題前後の各市場の動きを分析。原油と株式といったリスク資産、米ドルが弱含みとなった一方で「金、金利、日本円のロング(買い持ち)がベストヘッジだ」という。ただし、金と日本円は債務上限問題がいったん解決すれば、再び下げに転じる可能性がある。
もっとも、シティのアナリストも指摘するように11年はユーロ圏が債務危機で世界経済のリスク要因となっていた。日本も東日本大震災の直後だった。米国内の政治状況は似ているものの、今は米国が急ピッチな利上げや地銀の経営不安などで景気悪化に直面している。市場の反応は11年とは異なる姿をみせる可能性もある。