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中央銀行が金を爆買いする理由 揺らぐドルの信認、1万ドル目指す?

記事公開日 2024/8/27 12:00 最終更新日 2024/8/27 12:00 ニクソン・ショック 金本位制 木村貴 木村貴の経済の法則! 不換紙幣

【QUICK解説委員長 木村貴】米ドルに歴史的な異変が起こったのは、53年前の夏だった。1971年8月15日、日曜日の夜、当時のニクソン米大統領がホワイトハウスから全米に向けたテレビ・ラジオ演説で、ドルと金との交換停止を抜き打ちで発表した。金本位制を廃止した、いわゆるニクソン・ショックだ。

「金の足かせ」を捨てた代償

米国がドルと金の交換停止に踏み切ったのは、1960年代にベトナム戦争や福祉拡大の費用を賄うために多額のドルを発行し、各国の求めによる金との交換に対応できなくなったためだ。金本位制とは本来、通貨の発行量を、政府が保有する金の範囲内に抑え、通貨の価値が薄まらないように歯止めをかける仕組みである。その趣旨からすれば、金が底をついてきたら、政府の支出を削り、通貨の発行を減らすのが筋だ。

ところが米政府はそうしなかった。支出を減らしたくないので、金本位制のほうをやめてしまったのである。これにより米政府は「金の足かせ」から解き放たれ、ドルをいくらでも刷れるようになった。金の足かせとは英経済学者ケインズの言葉で、金本位制によって政府・中央銀行の通貨発行を縛ると、経済成長の妨げになるという意味だ。ケインズは金本位制を嫌っており、「未開社会の遺物」と罵った。

けれども、政府というリバイアサン(巨獣)の足かせを外したら、自由になった巨獣はさぞ喜ぶだろうが、その足元にいる一般の人たちによいことが起こるとは思えない。案の定、ニクソン・ショック後、米政府はドルの発行量を一気に増やし、その価値は急速に低下する。現在までにドルの価値(購買力)は87%失われた。インフレという見えない税によって、政府に財産をむさぼり食われてしまったのだ。金の足かせを捨て去った代償といえる。

買い越し、2年連続で1000トン超す

ニクソン・ショックで米国が金本位制を廃止し、世界の通貨は金とのつながりを一切失った。それまでお金だった金が、ただの商品になってしまった。世界最強の通貨であるドルとのつながりを断たれた金は、価格が暴落するだろうと予想する専門家もいた。ところが、そうはならなかった。むしろ金価格は上下に変動しながらも、上昇トレンドをたどってきた。最近はその勢いが加速し、1オンス2500ドルを突破して過去最高値を更新している。

ここにきて盛んに金を購入しているのは、皮肉なことに、金本位制をやめ、金と縁を切ったはずの各国中央銀行だ。日本経済新聞が伝えるように、中央銀行の金の買い越しは2022、23年と2年連続で1000トン超に膨れ上がった。1990~2000年代まで売り越しが続いていたのとは様変わりで、2010年以降は買い越し基調となっている。

主な購入国はロシア、中国、トルコなどだ。これらグローバルサウスといわれる新興・途上国のドル離れと金購入の背景には、米国が過去数十年にわたりドルを経済上の「武器」として、イランやリビア、ベネズエラなど政治的に敵対する国の資産を凍結・押収してきたことへの警戒感がある。とくにロシアはウクライナでの軍事行動を理由に資産を凍結されたうえ、その運用収益をウクライナ支援に流用されかかっており、猛反発している。中国も米国との対立によってロシアと同様のリスクにさらされないか、警戒心を強めている。

中央銀行による金の「爆買い」の理由は、それだけではない。根本の原因は、ドルの信認が揺らいでいることにある。

背景にあるのは、拡大に歯止めがかからない財政赤字だ。米議会予算局の試算によれば、赤字は今後10年間で徐々に拡大し、2023年の1.7兆ドルから34年には2.6兆ドルに達するという。

秋の大統領選で民主、共和どちらの党の候補者が勝っても政府支出が大幅にカットされる可能性は小さく、増税は政治的に難しい。このため財政の穴を国債とドルの増発で埋める状況が続きそうで、ドルの購買力低下は止まりそうにない。

米国以上に通貨の信認が不安定な国からみれば、ドルは相対的に魅力ある資産だ。グローバルサウス諸国にしても、完全に「脱ドル化」に踏み切ったわけではない。中国の中央銀行である中国人民銀行にとって米国債は最も重要な資産で、保有資産の半分以上を占める。それでも今後、中長期でドルから金へのシフトは続く可能性がある。

金が選ばれた理由

金本位制の廃止によって金は通貨ではなくなったはずだが、各国中央銀行がドル以上に信頼できる資産として金を購入する姿は、金が事実上の通貨であることを物語る。作家ジェームズ・リカーズ氏は著書で、「金はいまなお国際通貨制度の中で重要な位置を占めている。だからこそ、中央銀行や政府は、表向きは金の役割を軽んじているにもかかわらず、保管庫に金を持ちつづけているのである」(『いますぐ金を買いなさい』)と指摘する。

金が大昔から人々に利用されてきたのは、輝いているからとか美しいからという理由からだけではない。英BBCの番組で、化学者アンドレア・セラ氏は、既知の宇宙にあるすべての原子構造の中で、金がなぜ実世界の貨幣に最も適しているのか、周期表を使って説明した。

ヘリウム、アルゴン、ネオンなどは早々と却下される。それらはすべて室温では気体であり、貨幣としては使い物にならないからだ。水銀や臭素も室温では液体なので使えない。ヒ素などは毒性があるため却下される。

マグネシウム、カルシウム、ナトリウムなどのアルカリ元素も貨幣としては使えない。水に触れると溶けたり爆発したりするからだ。ウラン、プルトニウム、トリウムなどは放射性元素だから、もちろん却下である。

その他の元素のほとんどが、それぞれ固有の特性のせいで、やはり貨幣には適さない。鉄、銅、鉛はさびたり腐食したりする。アルミニウムは硬貨として使うにはちゃちすぎる。チタンは硬すぎる。

残る候補は8つしかない。それらはいわゆる貴金属で、周期表の真ん中あたりにある。イリジウム、オスミウム、ルテニウム、プラチナ、パラジウム、ロジウム、銀、金だ。すべて希少金属だが、それでも銀と金は、お金として利用するのに十分な量を入手できる。残りの元素は希少すぎ、しかも融点が高いので簡単には抽出できない。

金と銀はどちらも貨幣に適しているが、銀は空気中の微量の硫黄に反応して変色する。だから人間は金に特別な価値を置くのだ。

リカーズ氏はこの結果を踏まえ、「金は、実用的で信頼できる物理的な価値貯蔵手段になるには欠かせない物理的特性――希少性、可塑性、不活性、耐久性、均一性――をすべて備えている唯一の元素なのだ」と強調する。金をお金として選んだ昔の人々は、その使用をやめてしまった現代人よりも賢明だったのかもしれない。

不換紙幣、沈みゆく運命

技術の進んだ現代では、お金のほとんどはデジタルの形で存在している。デジタルには長所があるが、ハッキングされたり消去されたりする危険もある。金の原子は安定しており、サイバー攻撃などで消去される心配はない。

リカーズ氏は、今日の国際通貨制度は遠からず、ドルの信認の崩壊に伴って崩れ去り、金本位制に復帰する可能性があるとみる。その際、通貨供給量の急激な減少を避けるには金のドル価格を高めに設定する必要があり、その水準を1オンス1万ドルと予想する。金はそこまで値上がりする可能性があるということだ。

同氏は先週、X(旧ツイッター)で、金がドル建てで最高値を更新したことにコメントし、「これは金についてほとんど何も語らず、ドルについてすべてを語っている。ユーロ・ドルもドル円も同じ沈没船の乗客でしかない。金は大海原であり、物の真の尺度だ」と述べた。本物のお金である金に対し、ドルもユーロも円も裏付けのない紙切れでしかない不換紙幣であり、互いの為替レートがどうなろうと、ともに沈みゆく運命にあるというわけだ。

ロシアや中国などBRICSがドルに対抗する共通通貨を作るため、金を裏付けにするとの見方もある。ニクソン・ショックからおよそ半世紀。中央銀行の金購入と金価格の高騰は、金を基軸とする新たな国際通貨制度の前触れなのかもしれない。

著者名

木村貴(QUICK解説委員長)

日本経済新聞社で記者として主に証券・金融市場を取材した。日経QUICKニュース(NQN)、スイスのチューリヒ支局長、日経会社情報編集長、スタートアップイベント事務局などを経て、QUICK入社。2024年1月から現職。業務のかたわら、投資のプロに注目される「オーストリア学派経済学」を学ぶ。著書に「反資本主義が日本を滅ぼす」「教養としての近代経済史」ほか。


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