証券営業の凄(すご)腕担当者に情報収集や銘柄選別法の極意を聞く「証券営業・私の戦略」、3回目は野村証券ウェルス・パートナー課の課長、並木孝裕さん。自ら重要顧客の対応をしつつ営業統括として支店営業の責任を負うベテランだ。地方支店時代、地球約9周分の距離を営業車で回ったエネルギッシュさに加え、株価や金利を含め常に30~40種類の経済指標をチェックしデータを根拠に商品提案する緻密な営業スタイルが、顧客の信頼を獲得している。
野村証券 並木孝裕氏
なみき・たかひろ 2002年明大卒、日興コーディアル証券(現SMBC日興証券)入社、吉祥寺支店に配属、09年3月に同社を退社し、同年4月野村証券入社、本店ウェルスマネジメント部に。12年3月から約5年半の新潟支店時代を経て17年8月渋谷支店、現在はウェルス・パートナー課長として支店の営業を統括。これまで営業部門長表彰(旧CEO表彰)8回受賞、お客様満足度調査入賞1回。39歳、埼玉県出身
――顧客対応で心掛けていることはありますか。
「電話でのご連絡ももちろんですが、直接お会いして顔を見て話をするのが基本です。約5年半の新潟支店時代、クルマの運転距離は約35万キロメートル。地球9周分くらいお客様先を回りました。何度も会話をして心の底で考えていることを聞ける関係になってもらうことが重要です。自分がされて嫌なことは絶対にしません。『何日までに返事をします』とご回答いただいた時期までは一切連絡しません。若いときには数字ほしさに事前に連絡をしてしまいがちですが、急(せ)かされたお客様は嫌な思いをします」
「また我々がもつ情報を分かりやすく伝えたうえで、お客様自身にきちんと判断していただかなくてはいけません。たとえば投信ですが、信頼できるファンドが運用している商品は、株価が上がった銘柄の保有比率は上がり、下がった銘柄の保有比率は下げていることが後の運用報告書で分かります。そうした事実を3カ月から半年かけて見てもらったうえで商品提案すれば、納得して購入してもらえます。単純に株価が上放れしたから買いましょう、下抜けしたので売りましょうという提案スタイルでは、高い手数料を払ってまでなぜその商品をいま買わなくてはいけないのか、お客様にわかってもらえません。手数料を払ってでも購入してもらえる根拠を示す必要があります」
30~40種類の指標に目配り、データで提案
――情報収集面ではどのような指標に注目していますか。
「世界経済の中心である米国の指標は影響が大きいので特に気にして見ています。失業率や賃金の上昇率がわかる雇用統計や新規失業保険申請件数を見て、いまお金が使える環境にあるのかを考えます。米国の家計の資産と負債の比率もチェックしますし、消費者信頼感指数やISM製造業・非製造業景況感指数、小売売上高はもちろん、自動車と不動産関連などの指数を見ます。住宅指標に関しては新築住宅着工件数や許可件数のほか、中古住宅の在庫と価格の推移も確認します」
「金融政策では米連邦準備理事会(FRB)のHPをみます。償還を控えたレポ取引がどのくらいあるかなどを開示しているからです。米連邦公開市場委員会(FOMC)の議事録もそうですが、影響力のある人の発言は確認します。バルチック海運指数やダウ輸送株指数も含め、忘れない限り全部拾うようにしています。確認する指標は株価や金利も含めると30~40種類になるでしょうか。話題性のある市場・金融関係者が配信しているメールマガジンもいくつか読んでいます」
――市場に変動があったときはどんな指標を注視しますか。
「(相場の変動率を示す)VIX指数は毎日見ています。特段の材料がなくても何か起きるときに激しく反応する指標もあります。たとえば企業のCDS(クレジット・デフォルト・スワップ)市場。リーマン・ショックが起きるときにCDS市場で保証料率が急上昇したことが強く記憶に残っています。金利については10年債の金利ではなく、1カ月先、3カ月先のロンドン銀行間取引金利(LIBOR)を見ます。金融機関同士のお金の貸し借りの金利であるLIBORは、金融危機時に信用リスクが上がっている貸付先の金利上昇を受け、高まるからです」
過去の金利観を基に相場観を共有
――日ごろ株価の分析で役に立つノウハウがあれば教えてください。
「1株あたり利益(EPS)と株価収益率(PER)の推移を確認しています。企業が今期、来期とどのくらいの利益を出せるのか見たうえで、過去のPERの水準と比較して売られすぎていないか考えてみます。現状では日本企業も米国企業も利益がかなり出ているので、お客様に訴える一つの指標になります」
「過去の金利観をしっかり持っていることも大切です。1980年台末のバブルの時は非常に金利が高かった一方で、株式の配当利回りは0%台でした。現在は当時と比べ金利は下がり、自社株買いをする企業も増えて配当利回りは高くなっています。こうした経緯を考えれば、いまは株の方が割安だとも考えられます。EPS、PER、金利の推移をチャートで示してお客様に見せると納得してもらえることが多いです。しっかり説明し相場観をきちんと共有しているので大きな金額を預けてもらえます」
――営業統括として顧客からの苦情対応も多いのでは。
「きっかけを尋ねると、9割方こちら側に落ち度があります。たとえば担当者が会いにもいかずにいきなり目論見書を送りつけてきたという場合や、会いに来てほしくはないが市場が動いたときに電話くらいほしいというケースもあります。理由は様々ですが、間違いなく言い分があります。とにかく感情的にならずその言い分がわかるまで話を伺い続けることが重要です。ひとつひとつ丁寧に応えていけば、関係が好転するのは早いです。実際、一時期関係が思わしくなかったのに現在は100億を超える運用を任せてくれるようになったお客様もいます」
落ち着いた口調ですらすらとこちらの質問に的確に回答する並木さん。30代とは思えない安定感は、2013年下期から8期連続で部門長表彰を受けてきた自信に裏打ちされている。新しい担当になってから実績が表れるまでは1年半くらいの時間を要するという。時間を掛けて顧客との関係性をしっかりと構築している証拠だろう。業務に関わるものから話題のものまで週2冊、月に8~10冊の本を読んでいるという並木さんは人口動態から仮想通貨まで幅広い知識を持つ。結婚式の翌週には新聞広告を見て転職を決めるなど、ここぞと言うときは大胆な一面もある。〔日経QUICKニュース(NQN) 神宮佳江〕
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