外国為替市場でリスクオンの足音が強まっている。3日の東京市場では日米株高を背景に「低リスク通貨」とされる円が主要通貨に対して大きく下落した。新型コロナウイルスの感染拡大で金融市場が荒れる前の水準に戻した通貨も出てきた。対ドルでも1ドル=110円の節目に近づきつつある。ただ、米中対立などは依然として先行きが不透明で、にわかに勢いづいた円安の流れに付いていくべきかどうか迷う投資家は多い。
■円は全面安
「久々の本格的なリスクオン相場ですね」。三井住友DSアセットマネジメントの市川雅浩氏は3日の外為市場の動きを見てこう話した。
きっかけは対ドルでの円売りだ。2日のニューヨーク市場では、4月下旬以降に下値支持線として意識されていた1ドル=108円などの節目を割り込むと、損失を限定するための円売り・ドル買いを巻き込みながらするすると円安が進行。3日の東京市場では一時1ドル=108円85銭近辺とおよそ2カ月ぶりの円安・ドル高水準を付けた。勢いづいた円売りは他の通貨ペアに波及し、円は全面安の展開となった。
新型コロナの感染拡大で金融市場が大きく荒れる直前の2月20日以前の水準に逆戻りした通貨も出てきた。円は対ユーロや対オーストラリア(豪)ドルで1月下旬以来の安値を付けた。ユーロや豪ドルはリスクオン時に買われやすい通貨の代表格だ。
もっとも、リスクオンの円売りが長続きするかは疑問の声が多い。東京金融取引所が手掛けるFX「くりっく365」では通貨ペア「ドル・円」の5月の取引量は前年同月比で17%減少した。個人が値動きの乏しい同通貨ペアの取引を控えたためだが「離れた投資家はドル・円の取引に戻ってきていない」(外為オンラインの佐藤正和氏)という。
■「投資家は円の一段安に確信を持てていない」
先進国の経済活動が再開するとの期待が高まっているとはいえ、感染「第2波」への警戒感は依然残る。東京都は新型コロナの新規感染者が増加傾向にあることから、独自の警戒情報「東京アラート」を発動した。米中対立の火種もくすぶったまま。「投資家は円の一段安に確信を持てていない」(みずほ証券の鈴木健吾氏)ようだ。
実際、円は対ドルで昼にかけて下げ幅を縮小した。12時時点では前日17時時点に比べ76銭の円安・ドル高水準である1ドル=108円54~55銭で推移している。
白人警官による黒人暴行死に端を発した米国での抗議活動は2日で8日が経過した。同国経済の混乱につながりかねない状況だが、金融市場は「どこ吹く風」と気に留めない。欧州経済回復に向けた復興基金の設立案も、各国の意見の対立で早期にまとまるかは不透明だ。久々のリスクオン相場は、そうしたリスクを軽視する危うさも抱えている。
■世界で反り立つイールドカーブ
債券市場では世界的にイールドカーブ(利回り曲線)の傾きが急勾配になっている。3日の国内市場では超長期である新発30年物国債の利回りが上昇(価格が下落)した。約1年ぶりの高水準をつけ、中期債と超長期債の利回り差(スプレッド)はじわりと拡大した。積極的な財政出動に加え、新型コロナウイルスによる景気悪化には歯止めが掛かりつつある。中央銀行の巨額買い入れが支配する債券市場には変化が訪れている。
QUICKのデータによると、30年物と5年物国債の利回り差は2日、終値ベースで米国では1.17%を超えて2017年2月以来、約3年4カ月ぶりの大きさとなった。欧州でもドイツ連邦債の利回り差が今年2月以来の大きさに広がっている。日本でも同年限の利回り差の拡大は顕著で、3日には一時0.655%と昨年11月以来の大きさとなった。
超長期債の利回り上昇は「新型コロナウイルスによる景気悪化のモメンタム(勢い)が鈍っているため」(大和証券の谷栄一郎チーフストラテジスト)だ。
■経済指標面からも悪化の勢いは落ち着きつつある
ニューヨーク連銀が算出する週次の経済指数(WEI)は5月30日時点でマイナス10.79%だった。同指数は米新規失業保険申請件数など週ごとに公表されるデータをもとに四半期の国内総生産(GDP)の伸び率を推計したもの。四半期にわたってマイナス10%が続けば、その期間の経済成長は10%縮小することになる。
WEIは3月後半からマイナス圏に突入した後、5月2日のマイナス10.90%までマイナス幅を拡大し、その後は悪化が一服している。過去4週間の平均でみると5月30日時点はマイナス10.11%程度で、今のところは5月2日(マイナス10.76%)が底になりつつある。
過度な悲観が修正に向かい始めたのはWEIだけではない。シティグループが算出し、発表された経済指標と市場予想の乖離(かいり)を示すエコノミックサプライズ指数は先進国では4月末のマイナス138.6を底に、足元ではマイナス89.3まで改善。米欧で経済指標の下振れが止まったうえ、中国ではマイナス11.5とプラス圏への浮上がみえており、経済指標面からも悪化の勢いは落ち着きつつある。
■超長期債には中銀の支配が及びにくい
さらに新型コロナに対応した財政支出の拡大が超長期債の買いにくさを誘っている。日本では第2次補正予算案の編成に絡み、今年度の国債発行総額は200兆円を超え、20年や30年債の通常入札での発行額は当初予算と比較しても増える。米国でも5月には1986年以来となる20年物国債の入札が実施されるなど超長期債の発行は増える見込みだ。
日銀が金利上昇を抑制するため、長短金利操作のもとで10年債利回りをゼロ%前後で維持するために国債買い入れを上限を設けず実施する。米連邦準備理事会(FRB)が「イールドカーブ・コントロール」を導入しても2年や3年といった中期債利回りの上昇抑制が焦点になるとみられる。超長期債には中銀の支配が及びにくいうえ「金利水準も低く年金基金などが買いを控えているのではないか」(野村証券の中島武信シニア金利ストラテジスト)という。
もちろん、新型コロナで停滞していた経済活動の再開は段階的なものにとどまり、景気が一気に上向く訳ではない。しかし、政府が前代未聞の対応に動いたことで「新型コロナの『第2波』がきても再び財政を拡張し、株高とともに超長期債の利回り上昇につながる可能性がある」(大和証券の谷氏)との思惑もくすぶる。しばらくはイールドカーブの傾きが急になる力が働き続ける可能性は高そうだ。(日経QUICKニュース(NQN) 神能淳志、川上純平)