米中対立の激化が、思わぬ形で香港経済界の憂鬱を増幅させている。中国の「香港国家安全維持法」を巡り米国務省が8月に発表した香港に対する制裁措置には、犯罪人引き渡しの中止などと並び、船舶への課税に関わる優遇措置の撤廃が含まれていた。香港は東インド会社などが来航した17世紀後半ごろから、貿易が発展の基盤だ。現在も地元の大企業は港湾や物流の事業を手がけるだけに、株式市場でも投資家心理の重荷となっている。
■富豪の企業にも逆風
香港複合企業の長江和記実業(CKハチソンホールディングス)の株価は20日に2.3%下落した。普段は値動きに乏しい銘柄だけに珍しい動きだ。理由は米国務省が19日、船舶の国際運航から得られた所得に対する相互課税の免除を停止すると発表したこと。中国の中継貿易への制裁を意図した措置とみられ、市場では港湾事業を手掛ける同社の業績に影響するとの懸念につながった。その後もCK株は年初来安値に近い50香港ドル前後で上値の重い値動きが続いている。
CKは香港きっての富豪・李嘉誠氏のグループの中核企業で、港湾関連は創業当初のころの主力事業の1つだ。CK自身が「世界で最も忙しい港の1つ」と胸を張る、香港の九龍半島南部に位置する葵青港を運営。李氏が他の不動産系財閥と一線を画して香港の町全体に影響力を及ぼす源にもなった。
新世界発展傘下の新創建集団が物流事業を手がけるなど、香港には港湾関連の老舗企業が多い。海運の東方海外国際(オリエント・オーバーシーズ)は、経営者一族から香港の初代行政長官の董建華氏を輩出した名門だ。
※2019年末を100にして長江和記実業(黄緑)、新世界発展(白)、新創建集団(赤)、東方海外国際(黄)を指数化
■既に落日の香港港湾関連
香港は金融と中継貿易が経済の基軸とあって、米国の今回の制裁で一定の打撃を受けることになりそうだ。香港経済日報によると、税制面の優遇措置停止により、香港と米国を往来する船舶は双方の港で二重に課税される恐れがある。同時に発表された犯罪人引き渡しや受刑者移送の停止などよりも、香港経済にとっては「厳しい措置」(同紙)となる。香港と中国の政府は米制裁に対し、反対する声明を相次いで発表した。
もっとも、港湾都市としての香港の存在感はかねて低下傾向にあった。日本の国土交通省のデータによると、世界のコンテナ取扱量ランキングで香港は19年速報値で8位と、1980年の3位から大きく順位を落とした。中国の港に限っても、トップの上海をはじめ寧波や広州などが取扱量を増やし、中国への中継貿易港としての香港の存在感は後退している。プルデンシャル証券の張智威アソシエイト・ディレクターは「香港の港湾事業の先行きを考えると、CKなどの関連株に買いを入れる理由はそもそもない」と肩をすくめる。
米国の制裁に対し、短期的には「いちばん不利益を被るのは米国籍の船舶だ」(香港紙の信報)との指摘もある。船舶課税の優遇措置が撤廃されれば、米国側が物流負担増という形で痛みを伴うという見方だ。税制面での優遇措置がなくなれば、香港の港湾を利用する船舶は減少が避けられない。「香り高い港」の地盤沈下が一段と進みそうだ。(NQN香港=桶本典子)