9月2日の外国為替市場では円相場が対ドルで1ドル=106円台前半に下落した。ユーロに対するドルの買い戻しに加え、米経済指標の改善で投資家のリスク許容度が高まり、「低リスク通貨」とされる円の売りが優勢になった。ただ、こうした動きは長続きしないだろう。米国の物価上昇期待が産業界にも広がっているためだ。米金融緩和策が長期化するなかでの物価高は、米国の実質金利の低下を通じて円高を招く。円安トレンドのシナリオは描きにくい状況にある。
■「ドル売り圧力は一段と」
1日に米サプライマネジメント協会(ISM)が発表した8月の製造業景況感指数は56.0と市場予想を上回った。リスク資産の価格が上昇して円には下押し圧力がかかった。雇用回復の鈍さへの警戒感はあるが、市場では「生産活動が活発化すれば雇用も後に続く」(仏ナティクシス)と強気の見方がある。
米国の景気回復で運用リスクをとる投資家が増えれば本来、円売りが出やすいはずだ。だが、指数からは別の観点も浮かぶ。米シティグループが注目したのは、2018年11月の水準にまで上昇した仕入れ価格指数だ。仕入れ価格は、米10年物の物価連動国債の利回りなどから算出した期待インフレ率と足並みをそろえている。「米連邦準備理事会(FRB)の政策が企業活動に影響を与えている」という。
FRBのブレイナード理事が追加金融緩和策に前向きな姿勢を示すなど、市場参加者は米低金利政策の長期化を見込む。企業の間でもインフレ期待が広がれば、名目金利から期待インフレ率を差し引いた実質金利に低下基調が強まりやすい。あおぞら銀行の諸我晃チーフ・マーケット・ストラテジストは「米実質金利が下がり続ければ、ドル売り圧力は一段と高まる」と指摘する。
■1ドル=103円まで上昇か
これまでドル売りの相手として買いを集めていたのはユーロだが、欧州単一通貨の上昇機運はここにきてしぼみつつある。欧州中央銀行(ECB)のレーン理事が足元のユーロ高をけん制したためだ。「ECB当局者が為替相場に言及するのは珍しい。投機勢の買い持ち高も大きく積み上がっていただけに、いったんは持ち高を解消する動きが優勢になりそう」(みずほ証券の鈴木健吾チーフFXストラテジスト)という。
行き場を失ったマネーが円に向かう環境は整っている。シンガポールのユナイテッド・オーバーシーズ銀行(UOB)は1日、円相場が2021年6月にかけて103円まで上昇するとの見方を示した。円高が加速すれば「衆院解散・総選挙に臨むであろう次期政権が抑制に動く」(岡三オンライン証券の武部力也投資情報部長)とみられるが、FRBによる大量のドル供給を背景に円安・ドル高基調に転じる可能性は小さいだろう。〔日経QUICKニュース(NQN)松下隆介〕