【NQN香港 桶本典子】中国が「デジタル人民元」の実用化に向けた準備を進めている。10月中旬には広東省深セン市で5万人近い市民を対象に決済の実証実験を実施し、今後は全国28都市まで拡大する方針だ。こうした動きを注視しているのは、通貨を通じた中国の覇権主義を警戒している日本など海外各国だけではない。中国では金融会社アント・グループが運営する「支付宝(アリペイ)」のようなスマートフォン決済が広く定着している。デジタル人民元の普及はスマホ決済サービスを手掛ける会社にとって、事業拡大に向けた追い風なのか、それとも逆風となるのか。投資家は見極めを迫られている。
■全国的な普及を目指す
深セン市で10月12~18日に実施したデジタル人民元の実証実験では、抽選で当選した5万人のうち、18日深夜時点で4万7573人が配布分の200元を受け取り、小売店などで6万2788件(総額876万4000元)の取引があった。中国農村部の中小金融機関に決済サービスを提供する農信銀資金精算中心は20日に、中国人民銀行(中央銀行)傘下のデジタル通貨研究所と提携したと発表。今後は農村部をも網羅した全国的な普及を目指すとみられる。株式市場では金融ソフトの新晨科技など、フィンテック関連株をはやす動きが続いている。
■既存の民間決済サービスと競合しないのか
こうしたなか、話題になっているのはデジタル人民元のサービスと既存の民間決済サービスとが競合しないかどうかだ。中国では既にアリペイのほか、ネットサービスの騰訊控股(テンセント)が運営する「微信支付(ウィーチャットペイ)」の2つが、スマホ決済のインフラとして普及している。
深セン市の実験では、デジタル人民元の使用時には「財布」代わりのスマホの電話番号を店員に知らせる必要があった。QRコードを見せるだけで支払えるアリペイなどに比べると「一手間多かった」(20日付の香港紙・明報)といい、後発となるデジタル人民元の小さな不便さを指摘する声がある。
一方、決済手続きとしては、デジタル人民元は銀行口座の預金から直接支払う形になるとみられ、アリペイのように残高をチャージする必要はなくなりそうだ。このため、「民間決済会社には強敵となる」(香港経済日報電子版)との見方がある。実際、アント・グループは26日に開示した香港市場上場の目論見書で「当局の決済関連の新政策によって不利な影響を受ける可能性がある」と、将来のリスク要因の1つに挙げた。
■デジタル人民元は法定貨幣
もっとも「デジタル人民元は法定貨幣であり、決済アプリとは性格が違う」(訊匯証券の沈振盈・行政総裁)との指摘もある。通貨である以上、デジタル人民元は現金と同格になるとみられ、紙幣や硬貨に「両替」も可能の見通しだ。
マネーストックとしてみた場合の位置づけも異なる。アリペイにチャージした資金は、銀行からみれば金融会社へ資金を移動させることになり、それに伴う手数料が発生している。一方、銀行に預けられているデジタル人民元は銀行にとっては単なる預金で、移動はしておらず手数料も発生していない。さらに、その資金が法的な背景を持っているかどうかの違いは大きく、店舗や個人がアリペイ経由での資金の受け取りを拒否しても法的には問題ないが、法定通貨であるデジタル人民元の使用を理由なく拒否すれば、現金と同じく違法になるとみられる。資金や預金の保護に関しても、民間アプリにチャージされた資金と銀行に預けられたデジタル人民元では、扱いが変わる可能性がある。
25日には、人民銀の高官が「デジタル人民元はアリペイやウィーチャットペイを使った決済もできる」と話したと伝わった。つまり、デジタル人民元はあくまでも貨幣、民間アプリはそれを利用する手法の1つという位置づけだ。こうした理解から、「もしデジタル人民元の国際的な普及が進み、人民元全体の国際的な強さも向上すれば、最終的にはアリペイやウィーチャットペイにとっても(世界での利用拡大に結びつき)プラスとなる」(訊匯証券の沈氏)との見方も聞かれる。
例えば人民銀が決済向けに独自の「官製アプリ」を作るような事態となればどうなるか。民間アプリとは競合か共栄か。デジタル人民元が具体的にどのような制度設計、利用法になるのかは、より注意しておく必要がありそうだ。