2018年11月29日、韓国大審院が三菱重工業に対し戦前・戦中のいわゆる旧徴用工への賠償を命じる判決を下してから、早くも2年が経とうとしている。韓国の大田地方裁判所は原告側の求めに従って韓国国内における三菱重工の資産を差し押さえ、その売却に関し見解を求める審問書を送付した。しかし、三菱重工はこの受け取りを拒否し、公示送達に至っている。11月10日、最初の公示送達が効力を発したことで、法的には資産売却の準備が整った。もっとも、10月29日にも同様の公示送達が行われ、この効力は12月30日に発生することから、同地裁はそれを待って売却命令を出すとの見方が強まっている。
当然ながら日本政府は韓国の動きを強く牽制してきた。菅義偉首相の就任に伴って9月24日に行われた初の電話首脳会談では、文在寅大統領が「当事者が受け入れ可能な解決策を共に模索することを希望する」と語ったのに対し、菅首相は韓国国内においての解決を求める日本の立場を繰り返したようだ。
請求権は「存在せず」
1965年に締結された日韓請求権協定第2条第1項には「両締約国は、両締約国及びその国民(法人を含む)の財産、権利及び利益並びに両締約国及びその国民の間の請求権に関する問題が、(中略)完全かつ最終的に解決されたこととなることを確認する」とある。日韓併合後、日本企業が巨額の資本を投じて韓国の工業化を進め、敗戦によって設備、資本などその全てを接収された。あえて「法人を含む」と括弧書きを入れたのは、後に日本企業が補償を求める可能性を懸念した面が大きかったのではないか。今になってみると、日本政府の見解として、韓国には日本企業への如何なる請求権も存在しないことへの論拠であることは間違いない。
昨年7月、日本政府は韓国の安全保障に関わる貿易管理を問題視し、リスト規制におけるホワイト国(当時)から除外すると共に、フッ化水素、フッ化ポリイミド、レジストの3品目に関する日本からの輸出を個別審査に変更した。韓国はこれに強く反発、軍事包括保護協定(GSOMIA)の破棄寸前の状況に及んだことは記憶に新しい。
韓国への輸出は回復
日本の輸出入総額に占める韓国の比率は、輸出に関して緩やかな低下傾向をたどってきた。2018年は7.1%だったが、2019年は6.6%になった。もっとも、今年9月までを見ると、7.1%と一昨年並みまで回復している。また、3品目の輸出について、最も大きく動いたのがフッ化水素だ。昨年、対韓輸出が急増したのは、日本政府による管理強化前の時点で韓国側が駆け込み輸入を強化したことが背景だろう(図表)。今年は反動で落ち込んでいるものの、ならせば平均的なレベルになる。フッ化ポリイミドは、韓国が国内生産を強化し、2018年から減少傾向にある。一方、レジストは、昨年12月20日、日本政府が特別一般包括許可を認めたこともあり、今年1~9月は数量ベースで前年同期比0.5%、金額ベースでは7.7%増加している。
図表:3品目の対韓国輸出状況(数量ベース:2010年=100)
輸出管理の強化といっても、包括許可を個別審査に変更したのであり、輸出制限や禁輸措置を講じたわけではない。日本の音楽番組に韓国のアイドルグループ、BTSが問題なく出演しているように、新型コロナの影響を除けば、経済面での日韓の交流は続いているようだ。
この状況で差し押さえ資産の売却が行われた場合、菅政権はかなり厳しい対応で臨むだろう。少なくとも文在寅政権が続く2022年5月まで、日韓関係が改善する可能性は限りなくゼロになる見込みだ。日本政府が韓国企業に対して報復措置を講じた場合、韓国経済の打撃はかなりの大きさになりかねない。この時、日本国内で菅政権を批判する声はあまり起こらず、むしろ政権への支持率が上昇する可能性もある。そうした政治環境を背景に、日本政府はボールが韓国のコートにあるとの立場を変えることはないだろう。文在寅政権の判断によっては、日韓共に関連産業に大きな影響が及ぶリスクに注意が必要ではないか。
ピクテ投信投資顧問シニア・フェロー 市川 眞一
クレディ・スイス証券でチーフ・ストラテジストとして活躍し、小泉内閣で構造改革特区初代評価委員、民主党政権で事業仕分け評価者などを歴任。政治、政策、外交からみたマーケット分析に定評がある。2019年にピクテ投信投資顧問に移籍し情報提供会社のストラテジック・アソシエイツ・ジャパンを立ち上げ。