SDGsの今を知る VOL.9 クラウドクレジット編集部
SDGsはゴール8として「働きがいも経済成長も」という標語を掲げ、経済成長と公正な雇用の両立を促しています。
SDGs「8. 働きがいも経済成長も」が目指す方向性~MDGsとの違い~
雇用について、SDGsの前身であるミレニアム開発目標(Millennium Development Goals: MDGs)では、「極度の貧困と飢餓の撲滅」に内包されるかたちで、「生産的かつ適切な雇用」として掲げられていました。MGDsからSDGsへ更新する際、雇用に関する目標に経済成長に関する目標が付け加えられ、「働きがいも経済成長も」という独立した1つの大きな目標となりました。
「働きがいも経済成長も」に付随するターゲットには、経済成長に関するものが4つ、雇用や労働条件などの労働環境に関して定めたものが7つ、金融アクセスに言及したものが2つあります。労働環境に重点を置いた目標であることがMDGsと共通する点、経済成長や金融アクセスへの言及がSDGsならではの新しい点と考えられます。
経済成長と雇用・貧困削減をめぐる学術的な経緯
MDGsで雇用の目標が貧困削減の目標に内包されていたように、雇用と貧困削減には密接な関係があると考えられています。また、SDGsで経済成長と雇用が結びつけられたように、この2つも関連しています。一連の目標設定の背景には、「経済成長が雇用を生み、雇用が貧困削減をもたらす」という仮説が存在するようです。
この「経済成長が貧困層に恩恵をもたらす」という仮説は、「トリクル・ダウン仮説」として開発経済学において長らく議論されてきました。1980年代までは、道路や上下水道、発電所などの大規模なインフラ整備が経済成長をもたらし、貧困削減にも繋がると考えられていました。1990年代になると、高い経済成長率が必ずしも貧困削減に結び付いていないとの議論が高まり、所得の再分配をもたらす社会福祉制度の在り方が模索されました。
2000年代になり、MDGsにおいて世界の貧困層の大幅な削減が目標として掲げられると、アカデミアにおいては貧困削減志向(pro poor) 派と成長志向(pro growth)派の対立が著しくなりました。その後、90カ国以上の家計を40年にわたり比較調査した研究により「国民全体の平均所得が上がれば貧困層の所得も上昇する」ということが明らかになったことで、近年では両者を包括する「貧困削減効果を伴う経済成長(Pro-Poor Growth)」が模索されています。こうした流れの中で、雇用と経済成長の両方を兼ねたSDGsのゴールが設定されたようです。
最新の研究では、経済成長により貧困削減を達成した国と富裕層のみが豊かになった国を比較分析した結果、経済成長により生じた「格差」が両者を分ける原因となっていることが指摘されています。また、格差がさらなる経済成長や貧困削減の可能性を損なっていることも明らかになりました。このことから、途上国、先進国の両方において格差是正に対する問題意識が高まっており、雇用の「公正さ」は益々重要になっていると言えます。
不公正な雇用としての「人身売買」は日本であり得るか?
最も「公正さ」を欠いた雇用の形は「人身売買」です。「人身売買」と聞くと、「オークションのように人間の臓器などを売買する話で、日本ではあまり関係ないのでは?」という方もいらっしゃるかもしれません。
しかし実際は、ブラック企業の無賃労働のように「良い仕事がある」という誘い文句に騙された一般の暮らしの方々が、不当な労働条件での契約を強制されることから始まるケースが多く、意外にも身近な存在といえます。
米国政府は毎年、各国における人身売買の状況を「人身取引報告書」としてまとめています。その2020年版報告書によると、日本は「TIER2」に分類されています。これは、人身売買を防止するための最低限の取り組みができていないという「不合格」を意味しています。外国人技能実習生の強制労働が裁判で認められにくいことや、来日前の高額な手数料徴求防止対策が不十分であることが問題視されたようです。
強制労働が人身売買なのかと驚いた方もいらっしゃるかと思います。「人身売買」は英語で”Human trafficking”ですが、この定義には「性的サービスや労働の強要」が含まれているのです。よって、世界基準では先ほどの外国人技能実習生の強制労働も人身売買に該当するため、残念ながら「日本でも人身売買はあり得る」と結論づけざるを得ません。
世界の人身売買の実情
ここからは世界全体に目を移してみましょう。貧しい国や地域から先進国へいわゆる出稼ぎを希望する方々が、実際には正規のかたちで就業できず、人身売買の被害者となるケースは珍しくありません。世界には、不当な労働等で苦しむ方々が、検知されているだけでも2,500万人超もいらっしゃるといわれています。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)蔓延の影響により、人の移動が困難になった最中でも、こうした悲劇は繰り返されています。
たとえば、2020年4月には、ミャンマーの少数民族であるロヒンギャの難民300人以上が、人身売買業者によって連れ出された後、新型コロナウイルス感染の可能性を理由に入国を断られたことから、食料もない状態で海洋上に放置され、30人以上の方々が亡くなりました。このように、人身売買は違法な取引や密入国が前提となっているため、人の移動が制限されている現在であっても、被害者数が減少するわけではありません。むしろ、不況により苦しい生活をする方々が増加すると、そうした人々の弱みに付け込み、被害が増加するおそれのほうが大きいのです。新型コロナウイルス蔓延の影響により失業者が世界的に増えている現在は、非常に危機的な状況と言えます。
経済成長と公正な雇用を両立するためには?
大規模な災害が発生した場合、被害は三者三様です。例えば、同じ地震被害であっても地盤の緩い地域に暮らす人は、そうでない人よりも被る自宅の損傷は大きくなります。また、同じ避難所生活であっても病気を患っている人と健康な人では心身に与える影響度合いが異なります。一般的に、高齢者や子供などの身体的に弱い人や非正規労働者などの経済的に弱い立場にある人は、災害による一連の被害が大きくなります。今般のコロナ・ショックも、自然災害と同様に脆弱性の高い人々により深刻な影響をもたらしています。
一方で、大規模な金融緩和や経済対策の恩恵によりGAFAなどの巨大IT企業は株高となり、株主である従来の超富裕層は保有資産を増やしています。そうした人々に、消費や投資の起爆剤となってもらえるような仕組みづくりが必要です。
また、現状においては限られた一部の人だけが株高の恩恵を受けているようですが、本来、金融インフラの整った国々においては誰でも多かれ少なかれ恩恵を受けることが可能なはずです。目先の応急処置としての経済対策は言うまでもなく重要です。それに加えて、中長期的にはコロナ・ショック以前から存在する機能不全の解消に着手すべき時なのかもしれません。
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写真=Linh Pham/Getty Images
クラウドクレジット株式会社 :「日本の個人投資家と世界の信用市場をつなぐ」をコーポレートミッションとして掲げ、日本の個人投資家から集めた資金を海外の事業者に融資する貸付型クラウドファンディングを展開。新興国でのインフラ関連案件も多く、現地のマクロ・ミクロ経済動向などに詳しい。累計出資金額約327億円、運用残高約157億円、ユーザー登録数約4万9000人(2020年12月6日時点)