【日経QUICKニュース(NQN) 川上純平】外国為替市場で円安が進んでいる。米バイデン次期政権が大型の景気刺激策を打ち出すとの見方から米国の長期金利が上昇(債券価格は下落)し、日米金利差が拡大しているためだ。11日には一時1ドル=104円40銭近辺と1カ月ぶりの安値を付けた。市場では投機筋の「円売りのマグマ」がたまっているとして、一段の円安に身構える投資家が増えている。
■見誤った決戦投票
市場参加者が注目するのは海外ヘッジファンドなど投機筋(非商業部門)の円の買越幅だ。米商品先物取引委員会(CFTC)がまとめた通貨先物の建玉報告よると、円買いポジションの増加に伴い買い越しは膨らみ、5日時点の買越幅は約5万枚となった。前週から3000枚ほど増え、2016年10月以来、4年3カ月ぶりの高水準を記録した。
※通貨先物で投機筋の円の差し引きの建玉推移
買越幅が膨らんだのは、5日実施された米ジョージア州の連邦議会上院の決選投票の行方を投機筋が見誤ったからだ。投機筋の多くは、争われた2議席のうち少なくとも1つは共和党が確保し、上下両院の多数派が異なる「ねじれ議会」になると踏んでいた。バイデン次期政権が大規模な景気刺激策を打ちにくくなり、米連邦準備理事会(FRB)の強力な金融緩和のもと円高・ドル安の流れが継続すると予想し、円買いポジションを積極的に積み増した。
ところが、決選投票はそうした投機筋の期待を裏切る結果となった。民主党が2議席を確保し、大統領と上下院で多数派を占める「トリプルブルー」が実現することになった。バイデン次期政権の景気刺激策に伴う国債の増発懸念を背景に米長期金利は昨年3月以来10カ月ぶりに1%を超え、日米金利差の拡大を手掛かりに円安が進んだ。投機筋は円高の進行を見込んで積み増した円買いポジションを手じまうべきかどうか、決断を迫られた。
■反対売買に動けば
1ドル=102円台半ばまで上昇していた円相場は決選投票の大勢判明を受けて円安・ドル高に転じ、12日は104円台前半で推移している。足元にかけての円安で投機筋の買いポジションはある程度解消が進んだとみられるが、市場では「決選投票後2円程度しか円安が進んでおらず、投機筋の円買いポジションは依然として高水準」(マネースクエアの八代和也氏)との見方は多い。投機筋が円買いポジションを整理すべく反対売買に動けば、円相場にはさらに下落圧力がかかることになる。
バイデン次期大統領は8日、景気刺激策を近く公表すると明らかにした。日本時間12日の取引では米長期金利は一段と上昇。電子取引のトレードウェブによれば、長期金利の指標となる米10年物国債の利回りは一時1.15%台を付けた。外為オンラインの佐藤正和氏は「米長期金利の一段高などを背景に円相場が心理的節目の1ドル=105円を割り込んでくると投機筋が円買いポジション解消を急ぎ、円安が加速する可能性がある」と指摘する。
今と同様に投機筋の買いポジションが積み上がった2016年10月(4日時点で約7万枚の買い越し)を振り返ると、その翌月に現米大統領のトランプ氏が大統領選に勝利したのをきっかけに買いポジションの解消が一気に進み、同時に1ドル=104円台からその年末にかけて117円台まで円安が大きく進んだ。投機筋は同年11月に売り越しに転じており、円相場の押し下げに大きな役割を果たした。
もっとも、中長期的には「円高・ドル安の流れは変わらない」(あおぞら銀行の諸我晃氏)との声も根強くある。新型コロナの感染拡大を背景に「FRBは大規模な金融緩和を当面続ける」として、米長期金利の継続的な上昇は見込みにくいという読みだ。国内外で新規感染者が高水準で推移しており、円は「低リスク通貨」として買われやすい面もある。
外為市場の売買参加者や投資家は、少なくとも短期的な値動きを読む上では「円売りマグマ」の動向を注視せざるを得ない。