韓国の文在寅大統領が、1月18日の記者会見で、日韓関係に関しこれまでとは異なるトーンの発言をしたと報じられた。会見のポイントは、①徴用工問題に関する韓国大審院(最高裁)の判決で差し押さえられた日本企業の資産について、「強制執行による現金化は望ましくない」と語った、②2015年12月28日の従軍慰安婦問題に関する日韓合意を「韓国政府は公式的な合意だったと認める」と明言した、③ソウル中央地裁が8日に下した日本政府を被告とする従軍慰安婦問題の判決について、「正直困惑している」との見解を述べた。この3点だろう。
このタイミングで条件付きながら日本への配慮を垣間見せたのは、2つの理由があると考えられる。1つ目は、米国の政権交代だ。トランプ前大統領は、東アジア全体の安全保障と言った考え方が希薄で、同盟国間の連携にも関心を示さなかった。言い換えれば、対中政策、対北朝鮮政策が場当たり的で、日米韓が結束を固めて両国と対峙するような戦略性はなかったのである。文政権が一時的にせよ軍事情報包括保護協定(GSOMIA)からの離脱を検討するほど、日韓関係に米国から圧力が掛かることは少なかったのだろう。
関係悪化の責任は「日本」
ジョー・バイデン大統領は、日米韓3国の役割分担を非常に重視すると予想される。中国、北朝鮮がそれぞれ軍事力を急速に強化するなか、米国だけで対峙するのは効率が良くない。日韓両国に相応の負担を求めると同時に、両国に強く協力関係の再構築を働きかけるのではないか。文大統領が発言のトーンを変えたのは、韓国の努力をアピールし、両国関係悪化の責任が日本にあると主張するため、慰安婦と徴用工問題で鷹揚な姿勢を見せた可能性がある。米国大統領就任式が行われた1月20日には、リベラル色が強く日米両国から疎まれていた康京和外相を実質的に更迭し、鄭義溶外交安保特別補佐官を内定する人事を行った。
2つ目の理由は、文大統領に対する国民の厳しい評価ではないか。リアルメーターが今年に入って行った世論調査で、文大統領の支持率は就任以来最低の34.1%になった。新型コロナ禍を受けた景気の悪化が背景と見られる。国交正常化後で最悪とも言われる日韓関係についても、文政権への風当たりが強くなっているのだろう。
文大統領の任期満了は来年5月だ。そろそろ退任を気にしなければならない時期と言える。韓国の大統領は退任後に過酷な運命が待っていることが多い。文大統領が平和な引退生活を迎えるには、現与党である共に民主党から後任が選ばれることが望ましく、そのためには現政権の支持率を上げる必要がある。
日本は大きな妥協できず
もっとも、日本に妥協し過ぎたとのレッテルを貼られたら、左派の支持層を失うことになりかねない。従って、18日の会見は真意の見え難いものになった。文政権は「被害者中心の解決という原則」を条約や国際的合意より上位に置いており、現時点では日本政府としても文大統領の変化を手放しで歓迎することはないと見られる。
バイデン政権は、日本にも韓国との関係改善を求めることが予想され、その場合に日本政府が米国のアドバイスを無視することは難しい。ただし、条約や2国間合意の順守には絶対的な自信を持っているだけに、日本側が改めて大きな妥協をすることは考え難い。
結局のところ、日韓関係の正常化へ向けたボールは、依然として韓国のコートにある。文大統領が上手にボールを日本側コートに打ち返さない限り、両国関係が劇的に改善、経済交流の機運が高まるシナリオは考え難い。
ピクテ投信投資顧問シニア・フェロー 市川 眞一
クレディ・スイス証券でチーフ・ストラテジストとして活躍し、小泉内閣で構造改革特区初代評価委員、民主党政権で事業仕分け評価者などを歴任。政治、政策、外交からみたマーケット分析に定評がある。2019年にピクテ投信投資顧問に移籍し情報提供会社のストラテジック・アソシエイツ・ジャパンを立ち上げ