【QUICK Money World 荒木 朋】新型コロナウイルスの感染拡大をきっかけに、米国では医療のデジタルトランスフォーメーション(DX)化が急速に進んでいます。患者の健康管理をデジタル化する電子カルテや処方箋管理、創薬開発・研究など、これまでもデジタル技術を活用した医療サービス開発は進められてきましたが、コロナ禍における患者数の急増などで医療現場の負担が重くなる中、米国では医療DXへのシフト・深化がますます強まる格好になっているのです。米国で医療のデジタル化が注目される理由、コロナ収束後のデジタル医療の行方、注目銘柄などについて紹介します。
医療DXが注目される理由とは? 遠隔医療などニーズが急拡大
デジタルトランスフォーメーション(DX)は「Digital Transformation」の略称で、「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」(経済産業省)と定義されています。株式市場では情報・通信関連分野でDXを進める企業が増え、市場の関心も高まっていますが、医療分野におけるDX化も例外ではありません。
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米国では医療DXの市場規模が拡大しています。米調査会社グローバルマーケットインサイトによると、世界のデジタルヘルス市場は2019年の約1060億ドル(約12.3兆円)から20年に約1418億ドル(約16.4兆円)と34%拡大しました。21~27年の年平均成長率(CAGR)は17%強と2ケタの成長が続き、27年の市場規模は約4268億ドル(約49.5兆円)に達するとみられています。北米市場についてもほぼ同水準の成長率が見込まれています。
コロナ感染拡大をきっかけに、米国で診療規制の緩和や診療報酬の見直しが実施され、オンライン受診など遠隔診療の利用者が急増していることが市場規模拡大の背景の1つです。米コンサル大手マッキンゼー・アンド・カンパニーの調査によれば、遠隔診療の利用率は2020年3~4月のコロナ感染拡大直後にコロナ前に比べ80倍程度に急増した後も比較的、高水準の利用が続き、21年2月までコロナ前比30~40倍の利用率となっています。
ある米民間企業の調査によると、遠隔医療をメーンに利用する人が6~7割に達しているとの結果も出ているようです。米国は国土の広さという事情もあるほか、高速通信インフラ環境の整備も相まって、デジタルヘルス市場の成長は今後も続くとみられています。
デジタルヘルス分野の先行きは? 21年はIPO果たす企業が増加
新型コロナの感染拡大が収束した後も、上記に示した成長見通しにある通り、デジタルヘルスへの需要は継続することが見込まれています。医療現場の負担軽減のみならず、国レベルでの医療費の抑制や利用者の利便性向上などヘルスケアに関する社会的課題を解決する手段・イノベーションとして医療DXの重要性が今後もますます高まると期待されているためです。
医療分野における新技術の導入機運が高まる中、米国ではデジタルヘルス分野のスタートアップ企業への投資も活発になっています。米ベンチャーキャピタル(VC)ロックヘルスの調査によると、2021年のデジタルヘルス分野のスタートアップ向け投資額は291億ドル(約3.38兆円)に達し、20年の149億ドル(約1.73兆円)からほぼ倍増しました。
デジタルヘルス企業の上場意欲も高まっており、21年は8社が新規株式公開(IPO)を果たしたほか、15社が特別買収目的会社(SPAC)を通じて上場しました。20年は通常のIPOが6社、SPACの上場が2社に過ぎず、21年のIPOは前年比3倍弱となっています。
新型コロナの影響もあり、デジタルヘルス市場は投資家の間で引き続き成長余地が大きい分野と期待されており、医療DXなどは今後も投資家の間で関心を集めそうです。
医療DX・医療ロボなど注目の米企業は?
新型コロナ感染拡大の影響で郊外に移り住む人々が増える中、国土の広い米国では遠隔医療の拡大・拡充は今後も進むとみられており、遠隔医療の関連銘柄は折に触れて市場の注目を集めるとみられます。遠隔医療が浸透する中、底堅い需要が続くとみられる医療用ロボット関連も注目銘柄の一角になるでしょう。
遠隔医療関連では、米最大のドラッグストアチェーンで、オンラインで医師の診療を受けられるバーチャル・ケア事業も手掛けるCVSヘルス(ティッカーコード:CVS)、医療保険大手アンセム(ANTM)やヒューマナ(HUM)、世界最大規模のオンライン診療サービスを手掛けるテラドック・ヘルス(TDOC)などが注目されます。
このうち、テラドック・ヘルスは業績拡大が顕著な銘柄の1つです。新型コロナ感染拡大を受け、2021年12月期通期のオンライン診察件数は1540万件と前年同期比4割増えました。22年には1850~2000万件に伸びると見込んでいます。21年の売上高は前年比で9割増に膨らみました。
※テラドックの診察件数は伸びが続く(出所:Teladoc Health, Inc.)
医療ロボット関連では、日用品・製薬大手で、手術用ロボットなど医療機器事業にも注力する方針のジョンソン・エンド・ジョンソン(J&J、ティッカーコード:JNJ)、医療機器大手メドトロニック(MDT)、高度外科手術システムを手掛けるインテュイティブ・サージカル(ISRG)、整形外科材料や手術関連機器を手掛けるストライカー(SYK)などが注目されます。
インテュイティブ・サージカルは、手術支援ロボット「ダヴィンチ」を手掛け、医療用手術ロボットで世界首位を誇る企業です。基礎技術の一部が特許切れとなったことで競争激化の懸念が同社には意識されていますが、2021年12月期の売上高は前年比31%増の57億1000万ドル、営業利益は74%増の18億2100万ドルとなりました。会社側はコロナ禍に伴うマイナスの影響に言及していますが、今後、コロナ感染拡大が落ち着けば、成長期待が改めて高まる可能性がありそうです。
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米大手IT企業もデジタルヘルス分野を強化する動き
医療DXの成長期待が強い中、米国を代表する大手IT企業もデジタルヘルス関連事業の強化を強めています。例えば、米オラクル(ORCL)は2021年12月、米医療技術大手のサーナー(CERN)を283億ドル(約3.3兆円)で買収すると発表しました。アマゾン・ドット・コム(AMZN)は21年11月、自社社員向けオンライン診療サービス「アマゾン・ケア」の外販を開始すると発表しています。アップル(AAPL)はコロナ禍を受けた健康管理への関心の高まりなどを背景に、スマートフォンやスマートウオッチを通じたヘルスケア機能・サービスの強化を図っています。
まとめ
医療費の抑制を実現しつつ、医療の質の持続的向上を達成するには医療DXの一段の進展は欠かせないとの認識が広がっており、今後もデジタルヘルス分野の成長は続くと見込まれています。足元では、米金融政策の早期の正常化観測から成長期待の高かったグロース株には逆風が吹いており、多くの医療DX・ロボ関連銘柄の株価も調整を強いられています。しかし、今後の成長期待を踏まえると、医療DXや医療ロボットなどの関連銘柄は引き続き注目に値するとみていいでしょう。
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