【QUICK Money World 荒木 朋】最近、ニュース番組などで「スタグフレーション」という言葉を耳にすることが多くなっています。株式市場などでもスタグフレーションが相場を動かす材料の1つとして関心を集めています。そもそもスタグフレーションとは何か?という基本的なことから、スタグフレーションになる仕組みや過去の事例、株式市場や金融政策に及ぼす影響などについて詳しく見ていきたいと思います。
スタグフレーションとは?
「スタグフレーション」とは、景気などの停滞を意味する「スタグネーション=stagnation」と「インフレーション=inflation」の合成語で、経済活動の停滞と物価の持続的な上昇が同時進行する経済現象のことをいいます。
景気が悪化すると需要は落ち込むため、通常なら景気停滞は物価の下落要因となります。しかし、原油や穀物など原材料の供給不足、またはその思惑による原材料価格の上昇などによって、景気が停滞局面にあるにもかかわらず物価上昇が続くことがあります。こうした状態をスタグフレーションというのです。「景気が悪い=賃金が上がらない」にもかかわらず「物価だけが上がる」となると消費者にとってはダブルパンチですよね。経済状況としては楽観視できない局面と考えることもできます。
スタグフレーションはどうして起きる?
スタグフレーションの1つの側面である物価上昇(インフレ)に関して、物価高につながる要因として「供給不足」の問題を指摘しました。供給不足はどのようなケースで起きるでしょうか。最近の事例では、新型コロナウイルスの感染拡大により、人手不足やサプライチェーン(供給網)の混乱などにより需要があるにもかかわらず製品の製造が追いつかないという供給不足につながり、物価高の一因になったことは記憶に新しいところです。
戦争や紛争も供給不足を誘う要因になります。ロシアがウクライナに軍事侵攻した際、金融市場では原油やガソリンなどのエネルギー、トウモロコシや小麦といった穀物などコモディティー価格が急上昇しました。何故でしょうか。それは、ロシアとウクライナが原油や天然ガス、パラジウム、半導体製造に使う希少ガス、小麦などの世界有数の産出国だからです。両国の軍事紛争をきっかけに、こうした資源の供給不安が一気に高まったことから資源価格の高騰をもたらし、インフレ圧力につながったというわけです。
景気が低迷もしくは停滞する局面にもかかわらず、需要縮小により本来なら下がるはずの物価が供給不足などを要因として上昇するため起きるのがスタグフレーションなのです。
日本株を取り巻く環境が目まぐるしく変化しています。世界的なインフレ、FRBの金融引き締めと米金利の上昇、ウクライナ問題やその他の地政学リスク。これらの影響を受ける日本企業の業績。国内では政治の動向も見逃せません。国内外に横たわる多くの売買材料はどう消化すべきなのか。運用の巧拙が分かれやすい状況で投資判断も迷いがちではないでしょうか。 QUICK Money Worldでは日々のマーケットの変化を専門記者・ライターが伝えています。以下のリンク先では日本株の投資戦略をまとめた「日本株ストラテジー」の記事を一覧にしています。マーケット情報の収集と知見の獲得にぜひご活用ください(一部は会員限定コンテンツとなっています) |
スタグフレーションが経済や家計に与える影響は?
スタグフレーションが起きると私たちの生活にどのような影響を与えるでしょうか。景気が停滞すれば当然、多くの企業の業績は悪化し、そこで働く社員の賃金アップは望めなくなるでしょう。賞与(ボーナス)も減額されるかもしれません。
一方、原油や穀物価格の上昇は私たちが日常生活で購入するモノやサービスの値段を引き上げる要因になります。景気低迷で賃金アップが見込めないのに生活コストが増加すれば家計が圧迫されることは避けられません。
家計の圧迫はすでに現実のものになっています。
石油情報センターによると、3月22日時点のレギュラーガソリンの店頭現金価格(全国平均)は1リットル当たり174.6円(税込)と過去1年で2割近く上昇しました。その後も高止まりしたままです。また、2022年に入り食料品など生活必需品の値上げも相次いでいます。例えば、山崎製パンは1月から一部の食パン・菓子パンを、日本ハムは2月からハム・ソーセージや加工食品などの値上げをそれぞれ実施しました。電気・ガス料金の値上がりも続き、4月以降も様々な商品で値上げが続いています。生活必需品の値上げにより、消費者の購買意欲にマイナスの影響が及ぶことが懸念されています。
中央銀行の金融政策にも影響 景気底上げ策の実施が困難に
スタグフレーションは、国民経済の安定的かつ持続的成長へのかじ取りを担う中央銀行(日本では日本銀行=日銀)の金融政策にも影響を及ぼします。景気が悪化した場合、中央銀行は通常、景気浮揚を狙って利下げなどの金融緩和を実施します。金融緩和は簡単に言えば、企業や人々がお金を借りやすくする政策です。金融緩和で企業の設備投資や消費意欲が回復し景気が底上げされれば、同時に物価も上昇圧力がかかりやすくなります。
スタグフレーションは景気停滞と物価高が同時に起こる現象と説明しました。中央銀行としては景気を底上げするため金融緩和を実施したいところですが、スタグフレーションの環境下では、さらなる物価上昇につながりかねない金融緩和を実行するのが困難になるのです。景気回復ではなくインフレ抑制を優先せざるを得なくなれば、家計の圧迫は和らぐどころか、一段と厳しくなる可能性が高くなります。景気浮揚のための有効な政策手段となるはずの金融緩和政策も採りにくくなるのが、スタグフレーションのやっかいなところなのです。
スタグフレーションになった過去事例 オイルショックと金融市場
日本がスタグフレーションに陥った過去事例として、1970年代から80年代初めに起きたオイルショック(石油危機)が挙げられます。73年10月に勃発した第4次中東戦争をきっかけに石油輸出国機構(OPEC)が原油価格を引き上げたことを受け、インフレの急加速と景気悪化を招く第1次オイルショックが起きました。74年の消費者物価指数(CPI)の前年同月比上昇率は20%台に急伸。日銀も金融引き締めに動き、実質国内総生産(GDP)はマイナス成長に陥ったのです。78~79年のOPECによる原油価格引き上げやイラン革命を受けた第2次オイルショックもインフレ懸念と景気減速を招きました。
オイルショック時における日経平均株価の推移をみると、第1次オイルショックは73年10月から1年間で20%以上の下落となりました。一方、79年の日経平均は1年間で10%弱の上昇となりました。
第1次オイルショック時は、トイレットペーパーの買い占め騒動が起きるなど社会生活が大混乱に陥り、「狂乱物価」とも呼ばれた物価の急上昇と戦後初のマイナス成長という悪材料が重なったことが株価の重荷になったようです。半面、第2次オイルショック時は、第1次オイルショックでの経験から政府による省エネルギー対策の推進など様々な対策が実施されたほか、国民も冷静な対応をとったことで景気の落ち込みも限定的となり、日経平均を下支えする形になったとみられます。
スタグフレーション懸念、2022年はどうなる?
2022年は新型コロナウイルス感染拡大をきっかけに世界的に進められてきた大胆な金融緩和政策の転換期にあります。米国の中央銀行である米連邦準備理事会(FRB)は3月、金融政策決定会合である米連邦公開市場委員会(FOMC)で18年12月以来となる利上げを決定しました。インフレ懸念の高まりが利上げの背景で、FRBは年内残り6回あるFOMCで毎回利上げに動く見通しを示しています。利上げは通常0.25%の幅で実施されることが多いですが、複数のFOMCメンバーは0.5%など大幅な利上げ実施の必要性にも言及しています。
加えて、さらに事態を難しくさせているのがロシアによるウクライナ侵攻です。先にも述べた通り、ロシアとウクライナは複数の資源の世界有数の産出国で、紛争をきっかけにした供給不足への懸念からコモディティー価格が上昇しています。原油先物相場は年初から急騰しており、原油高が続けば一段とインフレが加速し、景気の悪化を招く可能性があります。それでも多少の景気悪化に目をつむり、インフレを抑制するために積極的な利上げに動かざるを得ないとなれば、スタグフレーションに陥るリスクは一段と高まりかねません。
※日経平均(緑)と原油先物(青)
スタグフレーション懸念は現実のものとなるのか、それとも杞憂に終わるのか。ウクライナ危機や世界景気の行方、米利上げ動向など不確定要素が多い状況だけに、しばらくは金融市場でスタグフレーションが折に触れて話題にあがることは間違いなさそうです。
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物価高と不景気で、庶民の生活が苦しくなり、治安や地政学的リスクの悪化が不安になりますね。