米国製電気自動車(EV)に乗り換える前、ドイツ車を10年以上にわたりリースしていた。ロサンゼルスの販売店は価格交渉に積極的に応じ、支払額はリーズナブルだった。パンデミック(疾病の世界的流行)以降に状況は劇的に変わり、値引きは消え、リース価格は手の届かない水準に上がった。自動車情報サイトを運営するケリー・ブルー・ブックによると、今年2月の新車の平均販売価格は4万8641ドル(約730万円)と依然最高値水準。自動車保険料はインフレ率を上回るペースで上昇。自動車が生活に欠かせないロサンゼルスなど多くの地域の消費者にとって住居費と並びクルマの費用高騰は頭痛の種。これ以上高くなると困る。米国の多くの人がそう感じているに違いない。
トランプ大統領は3月26日、米国製以外の自動車に25%の追加関税を賦課すると発表した。衝撃は大きく、米国の主要メディアは異例の大きさで報道・解説した。駆け込み輸入の在庫がなくなる5月以降に輸入車価格は10~20%上がり、自動車部品にも25%関税が課されるため米国製の価格も5~10%値上げされると専門家はみている。米調査会社コックス・オートモーティブは、新車1台あたり6000ドル(約90万円)値上がりすると予想。あくまでも平均で、日本円換算で100万円を超す値上げもありそう。トランプ氏はNBCのインタビューで「値上げを全く気にしない」と述べた。
米国の消費者心理は自動車関税発表前から悪化していた。米ミシガン大学の3月の消費者態度指数は前月比で急低下した速報値から下方修正された。米連邦準備理事会(FRB)の重視するインフレ指標、個人消費支出(PCE)コア物価指数は予想外に伸びが加速した。アクシオスは、ウォール街の最も嫌う「Sワード(スタグフレーション)」が幅広く意識されたと報じた。物価高と景気悪化が同時進行した1970年代に経験したスタグフレーションの痛みは深刻であり、FRBや経済政策担当者の打撃を和らげる能力が低下するとしている。スタグフレーションの恐怖で28日の米国株は大幅下落。「関税の勝者」とされるテスラも大幅安。暗号資産(仮想通貨)も安値で推移した。「米国第一」トレードは最悪の選択だったとブルームバーグ通信が報じた。
CBSの最新の調査によると、72%の回答者が関税による短期的な物価上昇を懸念したものの、トランプ氏の仕事への評価は支持と不支持が50%で並んだ。トランプ氏が市場や消費者の懸念を心配する兆候はなく、有権者の急激な支持率低下がない限り政策の方向は変わらないと見方が優勢だ。ゴールドマン・サックスの米株ストラテジストは3月28日付のメモで、米国の経済成長、貿易リスク、人工知能(AI)など主要テーマに対する感応度の低い株式を選ぶことを提案した。JPモルガンのウェルスマネジメント部門のアナリストは同27日の顧客向けメモで、市場の嵐を乗り切れる強靭なポートフォリオの重要性を強調した。
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福井県出身、慶應義塾大学卒。1985年テレビ東京入社、報道局経済部を経てブリュッセル、モスクワ、ニューヨーク支局長を歴任。ソニーを経て、現在は米国ロサンゼルスを拠点に海外情報を発信する。