2022年も2ヵ月足らずとなりました。本エントリーでは、今年1年を振り返り、今後の資産運用と日本の経済政策への示唆を探ります。いつもながら、本欄での主張は筆者個人のものであり、所属組織の考えではないことを書き添えておきます。
話は、1939年にさかのぼる
1939年、現実主義(リアリズム)の国際政治学者であるE・H・カーは『危機の二十年』を著し、第1次大戦後に広がった自由主義的国際主義を「理想主義(ユートピアニズム)」として批判します。例えば、
ロカルノ条約やパリ不戦条約などの理性による問題解決⇒不戦を誓えば、戦争は起きない
貿易拡大による利益の調和⇒経済の結びつきを強めれば、戦争は起きない
国際連盟がうたった集団安全保障体制⇒他国に侵攻されても助けてくれる
といった考えです。
しかし、上記を含む枠組み、すなわちヴェルサイユ体制は長くは続かず、同著の出版と重なるように、第2次大戦が勃発します。
冷戦終結後は「危機の三十年」
カーの主張になぞらえれば、冷戦終結後は『危機の三十年』だったと言えるでしょう。
歴史を振り返ると、まず、1971年に西側覇権国の指導者が、アジアの(眠れる)巨大な新興国を訪問すると電撃発表します。訪問は翌1972年に実現します。今年はそれからちょうど50年です。この訪問は、冷戦の相手であった東側の覇権国を「封じ込める」ためでした。その後、1980年代に軍拡競争が極まり、それが軍縮を呼んで、冷戦は1991年に終結します。
しかし、西側の覇権国は、1991年の冷戦終結後もアジアの巨大な新興国に対し、「自由貿易を通じて経済成長を促し、豊かになれば自由主義的民主主義の国家に変容する」との関与政策(engagement)を続けました。
しかし思惑は外れ、アジアの巨大な新興国は「経済と軍事の大国」として西側の覇権国に挑戦するまでに台頭しました。その成長を促したのは、ほかならぬ西側の覇権国だったわけです。
また、西側の覇権国による「自由主義的民主主義を世界中で拡大しよう」とする働きかけは、欧州大陸では「西側安全保障同盟の『東方拡大』」となって、ユーラシアの大国を率いる指導者の「生存」を脅かし、彼に約80年ぶりとなる欧州での戦争を決心させたとの見方もあります。
今回の戦争で改めてわかったこと3つのこと
今回の戦争で改めてわかったことが3つあるでしょう。
第一に、国連がその最も重要な機能を失いつつあるということです。
集団的自衛権を認めた国連憲章第51条には「国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間……」とあります。
国連加盟国が他国から侵略を受けた際には、本来であれば、国連安全保障理事会の常任理事国が国連軍を組織して加盟国を助けに向かうわけですが、今回は、その理由や背景はどうあれ、国連安全保障理事会の常任理事国が他国に侵攻を行ったわけです。
第二に、西側の覇権国は、核兵器を保有する侵略国に対して直接の武力行使を行わないかもしれないということです。
もちろん、①「経済制裁の次の手段として武力行使がある」という考えかもしれませんし、②「西側覇権国と今回侵攻を受けた国の間には、(明確な)同盟関係がないので集団的自衛権を行使しない」という立場かもしれません。
しかし、これまでの経済制裁や武器貸与の内容を見る限り、侵略を受けた国はともかく、少なくとも自国(西側の覇権国)に対しては核兵器が使用されない程度の支援に留めているように見えます。自国の領土が核攻撃されるリスクは最小化して当然でしょう。
『オフショア・バランシング』
あるいは、国際政治学者のジョン・ミアシャイマー米シカゴ大学教授とスティーブン・ウォルト米ハーバード大学教授が提唱するように、西側の覇権国は『オフショア・バランシング』を一部採用しているのかもしれません。
オフショア・バランシングは、西側の覇権国が「世界のあらゆる場所で自由主義的民主主義を推進する」という、コストが極めて高く、実際に失敗を重ねてきた「大戦略」を取るのではなく、他の地域の同盟国に域内での新興国の台頭をけん制させ、必要な場合のみに介入するという政策です。
これにより、資本が効率的に使われて経済の生産性は高まり、財政はより持続可能な状態になって覇権はより長く保たれます。また、軍事力という公共財への「ただ乗り」も排除でき、民族主義者の恨みを買ってテロに遭うリスクも減ると考えられます。
合わせて、紛争が生じた場合には、まずは地域の同盟国に第一の防衛線(first line of defense)として当たらせるべきだとしています。これにより、自らの戦力の損耗を防げます。
今回の戦争が、日本に与える示唆
これら2つ、すなわち、国連安全保障理事会の機能不全と核保有国による軍事力の行使を目の当たりにすると、アジア地域での有事を考える場合、現在の戦争がそうであるように、日本は、同盟国である西側の覇権国に武器などの提供を受けつつ、「自分たちの手で自国を守る」ことになるでしょう。
「アジアでは有事は起きない」という人も大勢いらっしゃると思います。
しかし、その必要条件は、貿易上のつながりの強さではなく、強固な同盟を持つことと、域内のパワー・バランス(勢力均衡)を保つことにほかならないように思えます。
今回の戦争で言えば、①西側覇権国と今回侵攻を受けた国の間に(明確な)同盟がなかったことと、②西側安全保障同盟の『東方拡大』によって、欧州地域のパワー・バランスが崩れていたことが戦争の一因とされ、国連加盟はもとより、(天然ガスの輸出入を中心に)ユーラシアの大国と欧州諸国との貿易上の結びつきは戦争抑止に効果を持ちませんでした。
日本の場合、同盟関係は以前よりも強固になっています。2016年の暮れに日本の首相(当時)が西側覇権国の次期指導者を説得し、アジアの大国に対する「関与政策」を「封じ込め政策」へと転換させました。政権が変わったいまも封じ込め政策は継続されています。
また、それに先立ち、集団的自衛権行使の限定容認と平和安全法制の整備を完了させたことも、同盟関係に大きく貢献していると言われます。
見上げた空の青さは、タダで得られたものではなく、過去の政治判断にも負うものと考えられます。
他方で、防衛能力に関しては十分とは言えません。アジアの大国は国防支出を毎年7%程度のペースで拡大する一方、日本の防衛支出はほとんど横ばいで、地域のパワー・バランスは崩れる一方です。
(次回に続く)
参考文献
E・H・カー著、原彬久訳『危機の二十年』(岩波文庫)
花井等著『名著に学ぶ国際関係論』(有斐閣)
岡垣知子著『国際政治の基礎理論』(青山社)
ジョン・J・ミアシャイマー著、奥山真司訳『大国政治の悲劇』(五月書房新社)
スティーヴン・M・ウォルト著、奥山真司訳『米国世界戦略の核心』(五月書房)
John J. Mearsheimer “Why the Ukraine Crisis Is a West’s Fault: The Liberal Delusions That Provoked Putin” Foreign Affairs, 93(5) 2014
John J. Mearsheimer and Stephen M. Walt “The Case for Offshore Balancing: A Superior U.S. Grand Strategy” Foreign Affairs, 95(4) 2016
John J. Mearsheimer “The Inevitable Rivalry: America, China and the Tragedy of Great-Power Politics” Foreign Affairs, 100(6) 2021
2022年10月のレビュー
2022年10月は株価に幾分の戻りが出ました。「米国の利上げ幅が今後、縮小される」との観測が株価の支援材料のひとつになったようです。
2022年10月の主な出来事を次に挙げます。
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- ウクライナのゼレンスキー大統領が、ロシアのプーチン大統領との停戦に向けた交渉は「不可能」だと明記した法令に署名。
- ロシアで部分動員令が出されてから約70万人が出国したとの報道。
- OPECプラスが11月に日量200万バレルを減産することで合意(→世界需要の2%に相当)。
- ロシアのプーチン大統領が、ウクライナ中南部のザポリージャ原発の国有化を命じる大統領令に署名。
- 米国のバイデン大統領が、ロシアが核兵器を使用する可能性について、「1962年のキューバ危機以来の高い水準」と述べた。
- 国際通貨基金(IMF)のゲオルギエバ専務理事が「来年までに世界経済の3分の1が(景気後退を示す)2四半期連続のマイナス成長に陥る」との見方を示した。
- バイデン米政権が、半導体の先端技術に関して中国への輸出規制を拡大する新しい措置を発表。
- ウクライナ南部のクリミア半島とロシアを結ぶ「クリミア橋」で爆発が発生し、一部が崩落。その後、ロシアが報復として、ウクライナ全土にミサイル攻撃を開始。ウクライナ全土が深刻な電力不足に陥る。
- イエレン米財務長官「市場で決定される為替レートがドルにとって最良の体制であり、それを支持する」、バイデン米大統領「ドルの強さについて懸念していない」とそれぞれ発言。
- 中国共産党大会で習近平総書記が3期目の最高指導部を発足させた。台湾については「決して武力行使の放棄を約束しない」と述べた。
- ドイツのショルツ首相は、国内の原発全3基を、来年4月まで稼働可能な状態にする方針を示した。
- ロシアの高官が相次いで、(放射性物質をまき散らす)「汚い爆弾」がウクライナで製造されていると主張。その後、国際原子力機関(IAEA)の検証で否認された。
- ロシアが一方的に併合を宣言したウクライナ東・南部の4州について、ロシア大統領府のペスコフ報道官は、記者団に「ロシアの『核の傘』に入るのか」と問われ、「ロシアの不可分な領域で、ほかの地方と同水準の安全が確保される」と述べた。
- 英国のトラス首相が辞任。その後、スナク元財務相が無投票で首相に就任。
- ロシアが、ウクライナ産穀物輸出を巡る合意履行の無期限停止を発表。その後、輸出は再開された。
- 米アマゾン・ドット・コムが今後数カ月にわたって人材採用を凍結すると発表。
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