スレンドラ・ロシャ(Surendra Rosha) HSBC アジア太平洋地域統括 共同最高経営責任者
中央銀行が発行するデジタル通貨、CBDC(Central Bank Digital Currency)を巡る議論は、いまのところ多くが国内への影響に関するものです。しかし、CBDCはより速く、より安く、より安全な国際決済の機会をもたらします。世界の経済活動の最も基本的な部分を変える可能性があります。大切なのは、多くの新技術と同様に、変革のコストが変革のメリットを上回らないように設計することでしょう。
G20(先進20カ国)の19カ国を含む100カ国以上が、何らかの形で中央銀行デジタル通貨の導入を検討しています。特にアジアで活発で、その中心は中国です。オーストラリア、香港、インド、マレーシア、シンガポール、韓国、タイなどで既に試験プログラムが始まり、それぞれ完了段階に達しています。日本銀行もCBDCの将来性について検討し、4月からパイロット試験をする予定です。
ほかの暗号資産(仮想通貨)と異なり、CBDCは国家が支えているのが特徴です。流通が安定するとともに、ステーブルコインや仮想通貨に付き物のリスクは、多くが回避されます。表面的にみればCBDCはオンラインの銀行口座の現金と極めて似たものとなるので、個人のユーザーはほとんど違いを感じないでしょう。しかし、CBDC は経済成長と金融セクターの革新を促すとともに、支払いを合理化し、低コストで安全な取引が瞬時に行われる新時代を引き寄せます。
最大の受益者は中小企業
最大の受益者になり得るのは、多くの国で経済成長の原動力となっている中小企業です。現在は長い決済時間と高い為替コストが中小企業のキャッシュフローを圧迫し、競争力が損なわれています。CBDCが適切に設計されれば、こうした負担が緩和される可能性があります。
現時点で解決すべき問題も多くあります。CBDCは銀行と大企業の法人決済に限定されるべきなのか、それとも誰でも利用できるものにするべきなのでしょうか。 商業銀行はどのようにCBDCと民間マネーを共存させ、実体経済への融資と経済成長の後押しという役割をこれまで通りに果たすのでしょうか。
幸いなことに、こうした問題についての意見は、ほぼ一致しているようです。CBDCのモデルの多くはデジタル通貨を中央銀行が発行し、決済サービスと口座管理は商業銀行に委託するというハイブリッドシステムが検討されています。
一部のパイロットスキームでは、CBDCが国際的にどのように機能するか、国境を越えた検討を進めています。国際決済でCBDCを効率的に使うには、取引する双方が使いやすくならなければなりません。それには共通の基準とデータプロトコルの整備が有効になります。
多くのプロジェクトが進行する中で最も先進的なものの一つが「mBridge」です。国際決済銀行が香港金融管理局、タイ銀行、中国人民銀行デジタル通貨研究所、アラブ首長国連邦中央銀行と協力して運営しているプロジェクトです。このプロジェクトはHSBCも一翼を担っています。
試験で2000万ドルを送金
mBridgeは2022年8月から9月にかけて5週間のトライアルにおいてネットワーク全体で2000万ドル超の米ドルが送金されました。商業銀行セクターの専門的知見、分散型台帳技術によるセキュリティー、そして中央銀行が参画するという保証を組み合わせた法人取引型のCBDCモデルは、先進的な取り組みです。主な特徴として、正当な企業間取引を裏付けるために、商業銀行の代わりに各経済圏にある中央銀行と完全に接続されたネットワークを構築しました。
mBridgeのようなCBDCのインフラには、迅速な取引や決済リスクを一段と軽減する大きな潜在能力があります。またこの技術は資産のトークン化やそれに関連するスマートコントラクト(契約履行と管理の自動化)の進展を支えます。ただ、CBDCが金融システムや実体経済に及ぼす広範な影響については検証中で、特に導入時に銀行システムで預金の損失が生じないようにする必要があります。それでもCBDCの可能性を考慮すれば、まもなく何らかの形で幅広く導入されるでしょう。
迅速で安価な国際決済のメリットを最大化し、現行システムの長所を維持しながら、世界の金融システムに新たな脆弱性を生じさせないようにする。中央銀行と商業銀行の双方にとって、こうしたCBDCのインフラ設計が大きな課題になります。