【日経QUICKニュース(NQN) 佐藤梨紗】外国為替市場で低金利の円を借りて高金利通貨に投資する「円キャリー」取引が下火だ。米連邦準備理事会(FRB)の急ピッチな利上げで日米の金利差は大きく開いたものの、日銀による金融政策の修正を巡る思惑で相場のボラティリティー(変動率)が高いためだ。市場では日銀が長短金利操作(イールドカーブ・コントロール、YCC)の修正に踏み切れば、むしろ円キャリー取引が盛り上がるきっかけになるとの声もある。
市場では円キャリー取引が旺盛だった2006~07年当時と環境が似通っているとの声がある。相次ぐ利上げでFRBの政策金利は4.75~5.00%に切り上がり、5月には5.00~5.25%まで引き上げられる見込みだ。一方の日銀はマイナス金利政策を維持しており、4月の金融政策決定会合でも現状を維持する公算は大きい。
日米で金融政策の影響を受けやすい2年物国債の利回り差をみると、昨年後半からおおむね4.5%前後で推移し、06~07年ごろと同じ水準となっている。さらに欧州をみても、高インフレの長期化で06年当時と同じように欧州中央銀行(ECB)が利上げを続けるとの観測が強まっており主要通貨で円の低金利ぶりが目立つ。
24日の東京外為市場で円相場は一時1ドル=134円台半ばに下落するなど円安・ドル高の基調を保っているが、金利差獲得を狙った投機的な動きは乏しい。米商品先物取引委員会(CFTC)のデータでは、通貨先物市場で非商業部門(投機筋)による対ドルでの円の売越幅は18日時点で5万6869枚だった。10万枚を超えていた昨年10月と比べて半分程度にとどまっている。
円キャリー取引の動向を映すとされる日銀のデータも下火を示唆する。日銀が公表している外資系銀行の在日支店と本店の資金のやりとりを映す「本支店勘定」によると、資産規模は2月時点で9兆4169億円だった。円キャリー取引が拡大すると、海外の銀行の在日支店から本店への円の貸し付けが増えて貸付残高にあたる本支店勘定の資産項目が増えるとされるが、全盛だった07年当時は20兆円を超えていた。
盛り上がりに欠ける理由は円相場のボラティリティーの高さだ。通貨オプション市場が織り込む予想変動率(インプライドボラティリティー)は流動性の高い1カ月物が足元で10%強となっている。円相場が膠着感を強めていた21年ごろの5%と比べると高止まりし、06~07年当時の6~7%よりも高い。
円相場が大きく変動する状況では円キャリー取引で数%の金利差を得てもすぐに損失を被る可能性が高く、活性化にはボラティリティーの低下が必須だ。BofA証券の山田修輔氏は「足元でキャリーを取れる金利差がある」としつつも、「日銀の金融政策を巡る不確実性の高さがキャリー取引を阻害している」と話す。
日銀が27~28日に開く金融政策決定会合では、植田和男総裁が就任して初めての会合とあってYCCの扱いが焦点となっている。YCCの修正や撤廃に動けば日本の金利上昇とともに円高・ドル安が進む可能性があるものの、BofAの山田氏は「円キャリー取引に踏み切りやすい環境が整う」と指摘する。欧米のような高インフレに見舞われていない日本ではマイナス金利政策の解除や継続的な利上げは難しく、YCC解除でむしろ政策の不透明感が払拭されて円相場が落ち着くとみるためだ。
もちろん、円キャリー取引の盛り上がりには疑問の声もある。米国ではインフレがピークアウトし、市場では年内に利下げ転換するとの見方が浮上する。3月には米銀破綻をきっかけに金融システム不安も意識され、「新たな流動性懸念が生じれば、再びFRBの利下げ見通しを巡って急な変動が生じうる」(モルガン・スタンレーMUFG証券の杉崎弘一氏)といい、日米の金利差が縮小に向かう可能性があるためだ。
今週末に開く会合で日銀はYCC修正を見送るとの予想が多い。だが、予告した途端に長期金利が日銀の定める上限に張り付くことになりかねず、YCCの修正や撤廃は事前に周知するのは難しいとみられている。日銀によるYCC修正や撤廃の決断が早ければ早いほど、円キャリー取引が活性化する余地は広がりそうだ。