【QUICK Money World 荒木 朋】東京証券取引所がPBR(株価純資産倍率)が1倍を割れる上場企業などに対して、資本効率や株価水準を引き上げるための改善策を開示・実施するよう要請したことを背景に、株式市場では改めて企業価値向上に向けた企業の取り組みに関心が集まっています。企業価値の向上を株主として積極的に提言する存在として注目されるのがアクティビストといわれる投資家です。アクティビストとは何か?という基本的なことから、その活動内容、著名アクティビスト、アクティビストによる最新の提案事例など詳しく解説していきます。
■アクティビストとは? 別名「物言う株主」とも
アクティビストとは本来、「活動家」という意味ですが、株式市場の世界では、株主としての権利を積極的に行使して企業に影響力を及ぼそうとする投資家のことを指します。別名「物言う株主」とも呼ばれます。
アクティビストは、投資先企業の株式を一定以上保有することで、経営陣に対して経営改善策や株主還元策などを積極的に提案し、その企業価値を高めてキャピタルゲインなどの利益を得ようとします。国内外の投資ファンドがアクティビストの代表格です。
アクティビストは、企業にとっては時に厳しい要求を叩きつけられる煙たい存在というイメージもありますが、対話や交渉を通じて経営の緩みを正したり、より株主目線の企業活動を促したりするなど有益な側面も多くあります。企業価値が向上すれば、企業側、株主側ともに多くのメリットを享受することができるからです。
■アクティビスト登場の背景は? 日本は2000年代に注目浴びる
アクティビストの活動は1980年代頃の米国で始まったといわれています。経営者が株主利益の最大化のために企業経営を行うよう監視・統制するコーポレートガバナンス(企業統治)が重視されるようになり、株主として存在感が高まっていた年金などの機関投資家が、ガバナンスに問題を抱える企業に対して経営改革や改善を要求するようになりました。その後、事業売却や資本構成の変更など、より踏み込んだ要求・提案をするアクティビストが登場するようになったのです。
日本では、2000年代にアクティビストが注目を浴びるようになりました。元通産省の官僚だった村上世彰氏が中心となって設立した投資ファンド(通称:村上ファンド)が複数の企業に対して、大胆な株主提案を突き付けたり、敵対的TOB(株式公開買い付け)を仕掛けたりしたことがきっかけの1つです。米国のアクティビストも日本企業に敵対的TOBを仕掛けるなどの事象も起きました。
当時は投資手法が強圧的として世論や経済界から受け入れられず、利益をむさぼる「ハゲタカ」などと揶揄されることもありました。2008年のリーマン・ショックを受けた世界景気の後退などからアクティビストの活動は下火になる時期もありましたが、アクティビストの投資行動は経営改革に一定の効果があるとの指摘や、企業統治指針(コーポレートガバナンス・コード)や機関投資家の行動指針(スチュワードシップ・コード)の導入に伴う企業と投資家との対話の促進により、足元ではアクティビストが再び存在感を高めつつあります。
日本に参入するアクティビストファンドは増加しています。企業の株主対応支援などを手掛けるアイ・アールジャパンホールディングス(IRジャパン)によると、2014年に8社だったアクティビストファンドは年々増加の一途をたどり、2022年には68社に増えました。2023年は5月11日時点で69社となっています。
■アクティビストが実際に行う株主行動とは?
アクティビストが実際に行う活動内容としては、一定以上の株式を保有し発言権を確保することで、経営陣との対話や交渉、株主提案、時には株主総会における賛成票獲得を目指して委任状の取得を会社の経営陣と争う委任状争奪戦(プロキシーファイト)なども行います。
経営陣との対話・交渉、株主提案では、①借入金がなく現金などの手元流動性の高い資産を潤沢に保有するキャッシュリッチ企業に対し、増配や自社株買いなどの株主還元の強化を求める、②経営者の交代や社外取締役の選任を求める、③役員報酬の引き下げを求める、④非効率な事業の売却や遊休資産の売却を求める――といったことを行います。
アクティビストには、企業が開催する投資家向け広報(IR)などで経営陣との対話を重視する「穏健派」と、株主総会での委任状争奪戦も辞さない「強硬派」に分けられます。2000年代には強硬派のアクティビストが多くみられましたが、現在のアクティビストは経営陣との対話を図りながら高い利益の実現を目指す穏健派が多くなっています。
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■アクティビストが標的にしやすい企業の特徴は?
アクティビストのターゲットになりやすい企業の特徴は何があるでしょうか。非効率な経営をしている企業が標的となりやすく、コーポレートガバナンスに問題を抱える企業や株価が割安でキャッシュリッチな企業、経営陣の質が低いとみなされる企業、低PBRなど資本効率の改善余地の大きい企業などに積極的に株主提案を行う傾向があるようです。
IRジャパンによると、2022年のアクティビストによる日本企業への株主提案件数は過去最高となりましたが、2023年も前年を大きく上回るペースの提出が確認されています。2023年のアクティビストによる株主提案としては、業界再編を目的とした取締役の送り込みや、ESG(環境・社会・企業統治)経営に対する注目度の高まりを背景にした環境・社会に関連する定款変更などの提案が目立っています。
さらに、前述の通り、東証がPBR1倍割れの企業などに対して資本効率や株価水準を引き上げるための改善策の開示・実施を要請したこともあり、株価・資本効率に主眼を置いて株主還元強化のみを要求するアクティビストが多いことも2023年の特徴のようです。
■海外の著名アクティビストは? エリオットやサード・ポイントなど
世界的によく知られているアクティビストは数多くありますが、日本企業とも関係のある海外のアクティビストについていくつか紹介します。
世界最大のアクティビストと呼ばれるエリオット・マネジメント。1977年にポール・シンガー氏が米国で設立したヘッジファンドです。日本企業では、2020年2月にソフトバンクグループの株式を保有し、ガバナンス強化や株主還元を求めた経緯があります。最近では2023年1月に大日本印刷の株式を大量保有したことが明らかになりました。
サード・ポイントは著名投資家ダニエル・ローブ氏が1995年に米国で設立したアクティビストファンドです。日本ではセブン&アイ・ホールディングスやファナック、ソニーなどへの投資が確認されています。ソニーに対しては株式を大量保有し複数回に渡り事業分離などの要求を突き付け、ソニーの株価にも大きな影響を与えました。
シルチェスター・インターナショナル・インベスターズは、米投資銀行モルガン・スタンレー出身のスティーブン・バット氏が1994年に設立した英国ロンドンを拠点とする投資ファンドです。数多くの日本企業の株式を取得しており、京都銀行などの地銀や大林組などの建設、電通グループなどのサービスといったふうに投資先は多岐に渡っています。
■日本の著名アクティビストは? エフィッシモやストラテジックなど
次に日本のアクティビストを紹介します。
エフィッシモ・キャピタル・マネジメントは、旧村上ファンドの元幹部が2006年にシンガポールで立ち上げた投資ファンドです。投資先企業に対して積極的に株主提案を行うことで有名です。2008年には学研ホールディングスに対する社長解任の株主提案を提出しました。川崎汽船に対しては発行済み株式数の4割弱を保有し、大株主として社外取締役を送り込むなど経営に関与してきました。東芝株も大量取得しています。
ストラテジックキャピタルは、旧村上ファンドのナンバー2だった丸木強氏が2012年に設立した投資ファンドです。本来の企業価値に比べて市場で割安に放置されている企業に集中投資する運用スタイルで、現在は世紀東急工業やダイドーリミテッド、文化シヤッター、極東開発工業などに投資しています。
このほか、1989年に阿部修平氏が設立した投資顧問会社スパークス・グループや、マネックスグループの創設者である松本大氏が2020年に立ち上げた投資信託、マネックス・アクティビスト・ファンドなどが挙げられます。
■アクティビストの実例を紹介! 企業の株価はどうなる?
日本におけるアクティビストの株主提案事例を紹介します。サード・ポイントはソニーに対し、2010年代に株式を大量保有したうえでエンターテインメント事業や半導体事業の分離・独立を要求するなど、複数回に渡って経営に圧力をかけてきました。
エフィッシモは東芝の大株主ですが、2020年7月に開催された定時株主総会の運営の適正性について独立調査を求める株主提案を提出。東芝はその後の2021年3月に臨時株主総会を開き、エフィッシモの株主提案を可決した経緯があります。株主が開催を求めた株主総会で提案が可決されたのは大企業では異例のことで、このケースでは日本企業のコーポレートガバナンスにとって画期的な出来事との評価を受けました。
最新の事例では、株主還元の強化を求める株主提案などが目立っています。ストラテジックキャピタルは2023年6月の株主総会に向けて、極東開発工業や文化シヤッターなどに対して配当の引き上げなどを求める株主提案を提出しました。シルチェスター・インターナショナル・インベスターズは大林組に対して、特別配当の実施を求める株主提案を行なったと発表しました。
アクティビストが行動を起こすことで、対象企業の株価はどうなるのでしょうか。一例として、大日本印刷の件をみてみます。先にも述べた通り、2023年1月下旬にエリオット・マネジメントによる大日本印刷株式の大量保有が明らかになりました。
その後、大日本印刷は2月に新中期経営計画策定に向けた「DNPグループの経営の基本方針」を発表し、その中で「ROE(自己資本利益率)10%を目標に掲げ、PBR1倍超の早期実現を目指す」として、資本効率の改善に向けて過去最大の自己株式取得を実施すると表明しました。
大日本印刷の株価はエリオット・マネジメントの大量保有がニュースで伝わると大きく買われましたが、その後の大日本印刷による株価対策の公表により、株価は一段高の展開となりました。
■まとめ
アクティビストとは、株主としての権利を積極的に行使して経営改善や株主還元策などを求めて利益を得ようとする投資家で、別名「物言う株主」と呼ばれています。東証による低PBR企業への改善要請に加え、日本でのコーポレートガバナンス・コードやスチュワードシップ・コードの導入・普及を受け、企業価値重視の流れから今後もアクティビストの存在価値は高まることが予想されます。アクティビストの行動が対象企業の株価に与える影響も大きいだけに、アクティビストによる株式保有状況や株主提案などに関するニュースはくまなくチェックするようにしましょう。
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