イスラエル・ハマス問題の話題はタブーになった。米国の大手企業に勤務する妻はこう話す。きっかけはボストンにあるハーバード大学。イスラム組織ハマスによるイスラエル攻撃は自ら招いたものとする学生団体の声明が激しく批判された。ニューヨークのコロンビア大学ではイスラエル人学生が殴打される事件が発生、大学はマンハッタンのキャンパスを閉鎖した。ロサンゼルスのイスラエル領事館前ではパレスチナ支持者による大規模抗議デモがあった。「人種のるつぼ」と呼ばれる米国の社会が揺れている。
米ウォール・ストリート・ジャーナル紙は、米国でイスラエル批判を封じ込める動きが広がったと報じた。イスラエルに攻撃の責任があると考える学生は採用しないと警告する企業があり、マイクロソフトなど一部企業はロシアのウクライナ侵攻時には公式声明で非難したが、今回は社内メモにとどめたとしている。米国で広がる思わぬ余波は、イスラエル人やパレスチナ人の扱いをめぐり、深い亀裂があることを浮き彫りにしたと解説した。
米国は伝統的にイスラエルを支持。英国をはじめ同盟国も同様だが、やや変化の兆しが出てきた。バイデン米大統領はイスラエル全面支持を強調する一方、ハマスが実効支配するパレスチナ自治区ガザ地区の市民の犠牲が多いことに憂慮の念を表明した。国家安全保障担当のサリバン米大統領補佐官は、市民の安全確保を重視していると述べた。英フィナンシャル・タイムズ紙は、西側の高官は公にはイスラエルに防衛の権利があると主張するものの、非公式の場では地域紛争への拡大回避に焦点を移したと伝えた。イスラエルのネタニヤフ政権がハマスを破壊した後の長期計画がないと懸念しているとしている。
イスラエル・ハマス戦争の終わりはみえない。米ワシントン・ポスト紙によると、15日時点のイスラエルの死者は少なくとも1300人、パレスチナはガザで2670人が死亡した。地上戦が拡大すれば、犠牲者は大幅に増えることが容易に想像できる。レバノンの親イラン武装組織ヒズボラとの緊張も予断を許さない。米ブルームバーグ通信は、中東紛争が拡大すれば、世界的なリセッション(景気後退)に繋がる恐れがあると報じた。ブルームバーグ・エコノミクスが3つのシナリオを分析。イスラエルとイランが直接対決するシナリオでは、原油相場が1バレルあたり150ドルに急騰、米国株の予想変動率を示すVIX指数が16%上昇する可能性があるとしている。
米大手ヘッジファンドのブリッジウォーター・アソシエーツの創業者レイ・ダリオ氏は12日、ウクライナとガザの2つの戦争が世界規模の戦争に発展する確率が50%あるとリンクトインに投稿。JPモルガン・チェースのジェイミー・ダイモン最高経営責任者(CEO)は、世界は過去何十年かで経験したことのない最も危険な時代に入ったのかもしれないと警告した。
15日の米株式市場は強い決算を発表した大手銀行がけん引する形で高くはじまったものの、後半の取引で相場は崩れた。米主要メディアはガザでの地上戦が近いと大きく報道。原油相場は大幅上昇、投資家心理が悪化した。石油株が物色される一方、イスラエルに製造拠点があるインテルやエヌビディアなど半導体株は売られた。欧州市場でも半導体株は売られた。一方で防衛関連株の上昇が目立った。中東緊迫は株式市場をはじめ幅広い金融市場に当面影響しそうだ。JPモルガンのウェルスマネジメントのストラテジストは、13日付の投資家向けメモで、中東情勢を受け高いボラティリティーが続く可能性があるとコメントした。
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福井県出身、慶應義塾大学卒。1985年テレビ東京入社、報道局経済部を経てブリュッセル、モスクワ、ニューヨーク支局長を歴任。ソニーを経て、現在は米国ロサンゼルスを拠点に海外情報を発信する。