米国のテクノロジー業界で今年最も注目された2人。イーロン・マスク氏とサム・アルトマン氏を取り巻く環境が激変した。関心は高い。経済メディアだけではなく、幅広いメディアがトップ級で取り上げた。
電気自動車(EV)大手テスラや宇宙開発企業スペースXを率いるマスク最高経営責任者(CEO)。マスク氏は15日、反ユダヤ主義的な陰謀論を唱えた投稿に対し「真実を述べている」と、買収したX(旧ツイッター)上で返信した。ホワイトハウスが激しく批判。ブルームバーグ通信によると、テスラの株主の怒りを買い、マスク氏の職務停止を求める声があがった。
IBMは事態解決までXでの広告掲載を停止すると発表。アップルとウォルト・ディズニーも広告を一時停止したほか、米ニューヨーク・タイムズ紙は、大手メディアのワーナー・ブラザーズ・ディスカバリーとソニーも広告の一時停止に加わったと報じた。XのヤッカリーノCEOの出身企業であるNBCユニバ―サルの親会社コムキャストも広告を停止。ヤッカリーノ氏は「反ユダヤ主義および差別と闘う」と投稿したものの、事態を収拾できなかった。米ウォール・ストリート・ジャーナル紙でテクノロジーと自動車を担当する記者は、コラムで「マスク氏は行き過ぎた」と詳しく伝えた。
マスク氏をめぐる報道が過熱するなか、シリコンバレーを激震させるニュースが飛び込んだ。生成AI(人工知能)のチャットGPTで知られるオープンAIを共同創業したアルトマンCEOが取締役会で解任された。オープンAIの取締役会は17日午後、アルトマン氏との意思疎通が困難と指摘した上で、「もはやオープンAIを率いる能力を確信できない」とブログで表明。英国の実業家で米スピーチイベント「TED」代表者のクリス・アンダーソン氏は、「アルトマン氏の解雇に唖然とした。アップルがスティーブ・ジョブズ氏を解任したようなものだ」とXに投稿した。ベンチャー投資家のロン・コンウェイ氏も、「ジョブズ氏解任の1985年以来の取締役会によるクーデター。ショックだ」とXでつぶやいた。
何が起こったのか。アルトマン氏解任後に社長を辞任したグレッグ・ブロックマン氏の投稿によると、アルトマン氏はチーフ・サイエンティストのイリヤ・サツキバー氏から話をしたいとのメールを受け取り、指定された17日正午に取締役全員が参加したテレビ会議で解雇が言い渡された。ウォール・ストリート・ジャーナル紙は、解任の正確な理由は特定できないが、急速な拡大に一部の取締役がAIの安全性を懸念するなど何週間も緊張が高まっていたと報じた。ニューヨーク・タイムズ紙は、オープンAI社内の哲学的な亀裂がアルトマン氏解任を招いたと伝えた。
オープンAIの投資家は大きく動揺。突然解任されたアルトマン氏の復帰画策に動いた。ウォール・ストリート・ジャーナル紙によると、130億ドル(約1兆9500億円)を投じたマイクロソフトと初期投資した第2位の株主スライブ・キャピタルを中心に、アルトマン氏のCEO復活を試みた。英フィナンシャル・タイムズ紙は、投資家がオープンAIの従業員とともに危機解決を模索していると報じた。
事態は急展開する可能性が高いが、オープンAIの組織構造がカオスを招いたとの指摘が多い。2023年6月28日付のオープンAIの組織説明によると、取締役会は安全なAI構築と人への恩恵を目的にした非営利団体を支配し、同団体が営利部門を監視する構造。アルトマン氏は株式を保有せず、投資家や従業員が株主になっている。米CNBCは、特殊なオープンAIの組織構造が顧客を混乱させたと伝えた。ウォール・ストリート・ジャーナル紙は、誰も会社を支配しないという構造が、大成功を収めたアルトマン氏の解任に繋がったと解説した。
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福井県出身、慶應義塾大学卒。1985年テレビ東京入社、報道局経済部を経てブリュッセル、モスクワ、ニューヨーク支局長を歴任。ソニーを経て、現在は米国ロサンゼルスを拠点に海外情報を発信する。