2週間一時帰国した。最初の夜は北陸富山。寿司屋の隣の席でニュージーランド人夫婦が豪華な刺身盛り合わせに舌鼓を打っていた。田んぼの真ん中にある福井・芦原温泉では若い米国人が足湯を楽しんでいた。最後の4日間滞在した東京・品川のホテルで朝食を提供するレストランの日本人は筆者のみ。ドイツ人カップルはソーセージ、ロシア人男性はイチゴのジャムを塗ったパンを頬張り、中国人の子供が焼きそばをおいしそうに食べていた。あらためてインバウンドの強さを意識した。日本の最大の魅力は「安さ」だと個人的に思う。歴史的な円安で幅広いモノとサービスはバーゲンセール。「この値段で大丈夫か」と心配したことが何度もあった。
滞在後半の7日に円相場は急上昇した。金融緩和策をめぐり、「年末から来年にかけて一段とチャレンジングになる」との日銀の植田和男総裁の発言が材料。植田発言の真意は想像の域を出ないが、英語圏でチャレンジングは「困難」を意味する。前日6日の氷見野良三副総裁の「出口のタイミングを適切に判断する」との発言も寄与、マイナス金利の解除の地ならしと市場で受け止められ、円は一時1ドル=141円台まで買われた。日銀幹部の発言と円の大きい変動は欧米でも詳しく報じられた。
米ウォール・ストリート・ジャーナル紙は、「悪い時代の円」と題する7日付の社説で、日本の金利と円の価値を正常化する時期はとっくに過ぎていると主張した。近年の円安は米国との金利格差拡大が背景だが、円のキャリートレードの規模は膨大で、日銀のプラス金利への移行を受けた資金の逆流で何が起こるか未知数だとしている。異次元緩和と同様に出口戦略も実験であることが明白になりつつあり、円相場の2.5%変動は単なる序章にすぎないかもしれないと解説した。
英フィナンシャル・タイムズ紙も日銀のマイナス金利解除観測と円の変動を詳しく報じた。緩和策の巻き戻しと円の上昇、および米連邦準備理事会(FRB)が金融引き締め策を弱めるとの観測で、日銀は向かい風に直面するとエコノミストは考えているとしている。日本の7~9月期の実質国内総生産(GDP)改定値の季節調整値が年率換算で前期比マイナス2.9%と日本経済が沈んだことで、日銀による早期金利変更に懐疑的な見方は少なくないと伝えた。オランダ金融大手INGのアナリストは、8日付のメモで、日銀の12月の政策修正はなく、金利引き上げは2024年6月会合との予想を維持するとコメントした。
日本を9カ月ぶりに旅行し、1ドル=100円まで円高が進んでも外国人は依然「安い」と感じるのではないかと思った。輸入品や東京のホテル宿泊費は欧米に並ぶ水準に上がったものの、スーパーの食料品や飲食店の料金などは1ドル=50~60円で計算すると米国とほぼ同じ水準になる。そこまで動くとは思えないが、高いボラティリティーは続く可能性がありそう。円はこれまでFRBの政策をめぐる観測にだけ大きく反応した。これからは日銀の動向が最大の材料になる。
(このコラムは原則、毎週1回配信します)
福井県出身、慶應義塾大学卒。1985年テレビ東京入社、報道局経済部を経てブリュッセル、モスクワ、ニューヨーク支局長を歴任。ソニーを経て、現在は米国ロサンゼルスを拠点に海外情報を発信する。