【QUICK解説委員長 木村貴】外国為替市場で円が急落し、一時1ドル=160円台をつけた。対ユーロなど幅広い通貨に対して売られた。先週、日銀の植田和男総裁が円安について「基調的な物価上昇率への大きな影響はない」と言及して円売りが加速したが、これはきっかけにすぎない。円をここまで弱くしたのは、1990年代のバブル崩壊時から続き、アベノミクスで拍車がかかった、不健全な借金頼みの経済政策だ。為替介入の観測もあり、円をいったん買い戻す動きはあるものの、円の凋落(ちょうらく)に歯止めをかけるには、経済政策を根本から改める必要がある。
国債利払い、急増の恐れ
海外の専門家は、円と日本経済が置かれた苦境をよく理解している。米ブルッキングス研究所の主任研究員ロビン・ブルックス氏は28日、X(旧ツイッター)で円急落について「市場では(円に)レッドライン(越えられない一線)はあるのかと考えている。そんなものはない」とコメントした。同氏は続ける。「存在するレッドラインは10年物国債利回りで、これは上昇させられない。財政危機を引き起こすからだ。日本は円の安定と国債利回りの抑制を同時には達成できない。借金によってひどい状況に追い込まれたのだ」
ブルックス氏の言葉の意味がわかるだろうか。一時の効果しかない為替介入を除き、日銀が円安に歯止めをかけるためにできることは、政策金利を引き上げ、国債利回り(長期金利)の上昇を容認することだ。しかし、政府債務の国内総生産(GDP)に占める比率が約260%に達し、財政状況が先進国で最も悪い日本にとって、それは財政危機の引き金になりかねない。
2024年度は国の予算総額112.5兆円に対し、国債の利払い費は9.6兆円に達する。財務省が今月まとめた試算によれば、長期金利がこれまでの想定より1%上がった場合、33年度の利払い費は追加で8.7兆円増える。現在、市場の長期金利は0.9%前後と想定(24年度は1.9%)を下回るが、日銀が上昇を容認すれば、利払いは急増する恐れがある。
日銀が3月にマイナス金利政策を解除した際、国債の買い入れを「これまでとおおむね同程度の金額」(植田総裁)で続ける方針を示したのも、財政と一線を画す建前から公言はできないものの、政府の利払い負担が増えないよう助ける狙いがあったとみられる。だとすれば、円安になったからといって、金利上昇をあっさり容認できるはずはない。
だが一方で、金利を上げないまま放置すれば、円安はさらに進む恐れがある。輸出には有利になっても、原油や液化天然ガス(LNG)をはじめ、輸入に頼る多くの品目が値上がりすれば、産業全体のコストが増大し、消費者は一段の物価高に苦しむことになる。日銀にすれば「進むも地獄、退くも地獄」の板挟みといえる。ブルックス氏のいう、日本が追い込まれた「ひどい状況」とは、このことだ。
借金頼みの構造
どうして、こんなことになってしまったのか。政府がいくらでもマネーを作り出せる日銀を「打ち出の小槌」のように考え、事実上の財源として利用してきたからだ。日本の国債残高はバブルが崩壊した1990年代からじわじわ増え、2008年のリーマン・ショックや12年12月に始まった安倍晋三政権の経済政策「アベノミクス」で伸びが加速した。岸田文雄政権になっても予算規模は過去最大水準が続く。24年度予算の総額は2年連続で110兆円台となった。税収は約70兆円と過去最大規模であるにもかかわらず、それだけでは財源が足りず、新規国債約35兆円を発行して穴埋めする。相変わらずの借金頼みだ。発行された国債の多くは事実上、日銀が買い取る。
「国債残高が多くても、借り換えを続ければ問題はない」と主張する向きがある。金利がほぼゼロだったこれまでなら、その考えが通用したかもしれない。だがマイナス金利が解除され、これからは「金利のある世界」だ。円暴落を防ぐために大幅な利上げを余儀なくされれば、利払い負担は目に見えて膨らんでいく。その負担は増税で今の国民が負担するか、さらに借金で先延ばしして将来の国民に背負わせることになる。明るい未来とはいえない。
円安が止まらないのは、金利を上げるに上げられない日本経済の構造が、投資家に見透かされているからだ。この状況から抜け出すには、借金頼みから脱し、財政を健全化するしかない。
財政健全化というと、政府やメディアはすぐに増税に話をもっていこうとする。しかし税収が増えても借金頼みがなくならないことは、今の財政をみれば明らかだ。しかも国民所得に占める税と社会保障負担の比率を示す国民負担率は、将来世代が負担する財政赤字を加えたベースで50%に達し、江戸時代なら一揆が起こるといわれた「五公五民」の水準にある。これ以上の課税強化は国の経済力をさらに弱めるばかりだ。
無駄な政府支出の削減を
財政健全化は増税ではなく、政府支出の削減で実現しなければならない。その余裕は十分ある。たとえば2022年度の決算検査報告で、税金の不適切な支出や無駄遣いを指摘した国の事業は344件で、金額は約580億円となった。指摘件数のうち、新型コロナウイルス関連事業が3割を占めた。指摘されたのは氷山の一角だろう。
ソ連のレーニンの言葉だとして経済学者ケインズが紹介し、有名になった警句がある。「資本主義を破壊する最善の方法は、通貨を堕落させることだ」。この言葉が語るように、通貨の量を際限なく増やし、その質を悪化させ続ければ、資本主義の破壊という深刻な結果につながりかねない。「堕落させる」の英単語「debauch」には「放蕩(ほうとう)」という意味もある。酒や女遊び、博打(ばくち)などにふけることだ。借金をよそに浪費にうつつを抜かす日本政府にぴったりの言葉といえる。
衆院の3つの補欠選挙で自民党が不戦敗を含め全敗を喫し、政権交代の可能性も取り沙汰される。それが実現するにせよしないにせよ、借金漬けの放蕩政治と決別しない限り、円の凋落に歯止めはかからない。
選挙対策の定額減税などやってる場合ではないですね