【QUICK解説委員長 木村貴】前々回と前回で説明したように、お金は政府によって計画・考案されたものではなく、個人の行動から自然に生まれたものだ。また、長い歴史を経て、人々は優れたお金として貴金属である金と銀を選び取った。
金貨などの金を正式なお金とする制度を「金本位制」という。金本位制の下では、政府・中央銀行がお札を刷るようにお金の量を自由に増やすことはできない。金本位制は19世紀末から20世紀初めにかけて通貨制度のグローバルスタンダード(世界標準)となったが、その後各国で相次いで廃止され、現在では採用している国はない。経済成長や物価安定の妨げになるといった欠点があったとされる。
いまどき金本位制の復活など唱えようものなら、時代錯誤の暴論とあきれられるに違いない。けれども、金などの裏付けを失ったお金が乱造され、ドルや円の通貨不安が懸念される中で、見直される可能性がある。
『宝島』時代のグローバルスタンダード
『宝島』のジムと財宝(de.m.wikipedia.org)
『宝島』といえば、英作家スチーブンソンの冒険小説で、映画や演劇の題材にもなってきた人気作品だ。出版された1883年は世界の主要国で金本位制が採用され、事実上の世界標準となっていた。その時代を象徴する場面が物語の終盤に登場する。
主役の少年ジムは、海賊が島に隠した財宝をめぐって、大人たちとともに海賊の手下らと戦った末、ついに財宝を手に入れる。ジムは膨大なコイン(硬貨)をえり分けた作業を次のように回想する。
「イギリス、フランス、スペイン、ポルトガルの貨幣、ジョージ金貨、ルイ金貨、ダブロン金貨、ダブルギニー金貨、モイドール金貨、ゼッキーノ金貨。過去百年のヨーロッパの全国王の肖像が見られ、紐か蜘蛛の巣のようなものが刻印された、めずらしい東洋の硬貨があり、丸いの、四角いの、首輪にしようというのか、まんなかに穴のあいたのもあった。種類からいくと、世界の貨幣のなかで、そのコレクションにないものはなかっただろう」(村上博基訳)
金貨は国によってデザインは違っても、含まれる金の価値は共通だ。各国の通貨を日々揺れ動く為替レートでいちいち換算しなければならない現代より、ある意味で真にグローバルな通貨の時代だったといえる。
120年間にわたる物価安定
『宝島』の時代の金本位制は、お金の量を中央銀行が調整する現在の「管理通貨制度」に比べ、本当に劣った制度だったのだろうか。米国を例に検証してみると、事実は異なる。
米シンクタンク、米国経済研究所(AIER)の調査によれば、米国の通貨制度は、中央銀行である連邦準備理事会(FRB)の設立(1914年)、ニクソン大統領による金本位制の廃止(1971年)を区切りとして、大きく3つの時代に分かれる。①市場に基づく金本位制(1790~1913年)②FRB管理による金本位制(1914〜1971年)③FRBによる管理通貨制度(1972年以降)――である。
市場に基づく金本位制では、金は採掘会社によって鉱石、天然の金塊、砂金の形で市場に持ち込まれ、官営や民営の造幣所で金貨に鋳造された。これらの企業・団体は中央当局の指令を受けず、マネー供給の分散システムを形成していた。一方、FRB管理による金本位制では建前上、お金は金に結びついていたものの、お金の供給量をおもに決めたのは市場ではなく、FRBの政策だった。
市場に基づく金本位制の時代について物価の推移をみると、始めと終わりの時点で物価水準はほぼ同じだ。この間、例外的に物価が大きく上昇した場面は2回ある。米英戦争(1812〜1815年)と南北戦争(1861~1865年)の時期だ。どちらも大規模な戦争の時期で、金本位制は政府が戦費をまかなうために一時停止されていた。
もっとも、これらの物価高は、FRB設立や金本位制廃止後の急激な物価上昇に比べれば、ほとんど目立たない。物価は金本位制下の約120年間でほとんど横ばいだったのに対し、FRB設立から100年間で27倍以上になった(図)。
経済成長への影響はどうだろうか。実質国内総生産(GDP)の平均成長率は、市場に基づく金本位制の時代(4.2%)が最も高く、FRB管理の金本位制(3.7%)やFRBによる管理通貨制度の時代(2.8%)を上回った。市場に基づく金本位制は、長期間で物価を安定させ、それが経済成長を促進したとみることができる。
最後に、金融危機との関係をみてみよう。金本位制に批判的なバーナンキFRB議長(当時)は2012年の講義で「(市場に基づく)金本位制は頻繁な金融恐慌を防げなかった」と述べた。たしかに市場に基づく金本位制の時代、金融危機は1873年、1884年、1890年、1893年、1907年、1914年に起こっている。
しかしFRB設立後、金融危機はさらに広がった。FRB設立前、銀行による支払い停止件数が最も多かったのは1893年の491件だった。FRB設立後の1921年には505件とこれを上回り、その後の5年間はいずれもさらに増えている。率でみても同様だ。FRB設立前で最悪の金融恐慌が起こった1893年には4.2%の銀行が倒産したのに対し、設立後の1931年には9月と10月だけで4.27%が倒産した。
なおFRB設立前に起こった金融危機は、金本位制のせいではなく、米国の特殊な銀行規制が原因だったとの指摘がある。当時の銀行は本店所在地以外の州に支店を出すことが禁じられており、融資のリスクを地理的に分散することができなかった。
AIERの研究員トーマス・ホーガン氏は調査を踏まえ、「多くの経済学者は根拠もなく、過度の経済変動や金融不安を金本位制のせいにしてきたし、し続けている」とコメントする。
基軸通貨はドルから金に?
金本位制を「根拠もなく」非難した元祖は、著名な経済学者ケインズだ。ケインズは金本位制を「未開の遺物」と呼んでさげすんだ。これに対し、政府のマネー乱造に歯止めをかける手段として金本位制を擁護するオーストリア学派の経済学者ミーゼスは、もし金本位制が未開の遺物なら、同様に長い歴史を経て形成された言語も未開の遺物ということになると切り返し、こう皮肉った。「英国人がデンマーク語でもドイツ語でもフランス語でもなく英語を話すのも、未開の遺物であり、英語の代わりにエスペラント語を使うことに反対する英国人は皆、管理通貨の計画に熱狂しない人々と同様に、独断的で因習的だということになる」。ちなみにケインズは英国人だ。
米国が1971年の「ニクソン・ショック」で金本位制を廃止して以来、世界で金本位制を採用する国はなくなり、お金は貴金属の裏付けをもたない紙切れになった。その後、米国や日本をはじめとする主要国は、お金を野放図に増やす誘惑に勝てず、通貨価値の下落を招いた。物価の高騰はその現れだ。
今でも、昔沈んだ船から大量の金貨や銀貨が発見され、話題になることがある。貴金属だから財宝としての価値は失われないどころか、むしろ今の相場ではさらに価値が高くなっているはずだ。もしこれがどこかの国の札束だったら、よほど珍しいものでない限り、傷みやインフレで価値が目減りしているだろう。『宝島』の題材としては夢がない。
米国による経済制裁でロシアやイランがドル決済から締め出されたのをきっかけに、有力新興国の集まりであるBRICSの中で、ドルを避け、金を軸とする新たな金融制度を模索する動きがある。たとえば、インドはすでに金グラム建ての政府証券「ソブリン・ゴールド・ボンド(SGB)」を発行している。
米フォーブズ誌に寄稿した専門家ネイサン・ルイス氏は、BRICSで金を決済手段として利用するインフラが整い、不換紙幣の国内通貨を廃止する動きが出てくれば、「1944年に(金とドルの交換を軸とする戦後の国際金融体制を決定した)ブレトンウッズで米国が行ったように、BRICSのすべての通貨を金で秩序づけようという幅広い動きが出てくるかもしれない」と述べる。
金本位制が復権し、基軸通貨がドルから金に変わるのは、あながち夢物語ではないかもしれない。価格が高騰する金の需要をさらに高める要因としても注目されそうだ。