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マイナス金利のファンタジー 現実逃避のツケはこれから?(木村貴の経済の法則!)

記事公開日 2024/7/12 12:00 最終更新日 2024/7/12 13:49 為替・金利 金利・金融政策 マイナス金利 金利 木村貴 木村貴の経済の法則! 日銀

【QUICK解説委員長 木村貴】日銀が3月にマイナス金利政策を解除し、わずかな利幅とはいえ、17年ぶりに「金利ある世界」が戻ってきた。新卒の新入社員が中堅になるほど長い年月にわたり、マイナス金利が生んだひずみは大きい。

普通ではありえない

「今の大半の行員は、(取引先との)金利交渉をほとんど経験したことがない。若手の支店長クラスでさえ、『金利ある世界』を知らない人材もいる」。東洋経済オンラインによれば、東北地方の地銀幹部はこう言って頭を抱えたという。

金利のプロであるはずの銀行員が、「金利ある世界」を知らない。古い世代の人なら、おとぎ話の世界に迷い込んだような錯覚を覚えるかもしれない。そう感じるのは当然だ。人間にとって本来、「金利ある世界」が当たり前で、「金利なき世界」は普通ではありえないからだ。

前回説明したように、金利は人間の「時間選好」という性質によって決まる。同じ金額のお金なら、将来もらうよりも今すぐもらいたいと考える。その度合いは個人や環境によって強弱はあるが、マイナスにはならない。人が現在のお金よりも将来のお金が少なくなるのを望むことは、原理的にありえないからだ。たとえるなら、「ここで1万円をあきらめたら、1年後に9500円あげるよ」と言うのと同じだ。これはまさにマイナス金利の世界である。

経済学者ウォルター・ブロック氏がいうように、この奇妙な取引は、時間選好以外の何らかの事情を考慮しなければ成立しない。たとえば、今受け取れば強盗に襲われる危険が非常に高いが、1年後なら安全に受け取れる、といったことだ。

『モモ』のさかさま世界

経済が正常に機能するために金利は欠かせない。ところが昔から、金利は市場経済に理解のない人々から目の敵にされてきた。

中世のキリスト教では、利子をとってお金を貸すことは罪悪とされた。現代の文学にも金利を問題視し、「金利なき世界」へのあこがれを描く作品がある。たとえば、ドイツの作家ミヒャエル・エンデの長編ファンタジー『モモ』だ。

あらすじはこうだ。ある街で貧しくとも心豊かに暮らす人々の前に、「灰色の男たち」が現れる。時間貯蓄銀行から来たという灰色の男たちは、人々から時間を奪おうとする時間泥棒だった。時間を節約して時間貯蓄銀行に時間を預ければ、利子が利子を生んで、人生の何十倍もの時間を持つことができるという、言葉巧みな灰色の男たちの誘惑に乗せられ、人々は余裕のない生活に追い立てられていく。そして時間とともに、かけがえのない人生の意味までも見失っていく。不思議な力を持つ少女モモは、盗まれた時間を人々に取り戻すために、灰色の男たちとの戦いに挑む――。

盗まれた時間を取り戻すのは正しい。引っかかるのは、利子が利子を生むのは不自然で不正という考えだ。利子の再投資を繰り返し、複利効果によって元本が長期で何十倍に膨らもうと、市場経済であればありうることだし、道徳に反することでもない。ところがエンデにとっては、中世キリスト教の頭の固い僧たちと同様、許せなかったようだ。

『モモ』には、普通のプラスの利子は間違っていて、マイナス金利が正しいというエンデの思想をうかがわせるシーンがある。モモが「さかさま小路」という路地に足を踏み入れ、進もうとすると、強烈な向かい風にあい、どうにも進めない。立ち止まると、風はやむ。そこで相棒の不思議なカメが示した「後ろ向きに進め」というメッセージに従ったところ、楽に進むことができた。

NHKのドキュメンタリー番組に基づく本『エンデの遺言』によれば、このシーンは次のように解釈できる。向かい風に向かって進むことはプラスの利子システムの中を進もうとすることで、いったん立ち止まるのはゼロ利子のシステムである。そして後ろ向きに進むのは、マイナス利子という「ほんとうの方向」に向かって進むことを意味するという。

けれども、プラスの金利が「お金を今すぐでなく将来もらうのなら、金利をもらわなければ引き合わない」と考える人間の本性から生じる以上、マイナス金利は本当の金利にはなりえない。無理に実現しようとすれば、経済にひずみをもたらすだろう。

「ヴェルグルの奇跡」の真実

エンデは、ある経済思想家の影響を受けていた。同じくドイツ出身のシルビオ・ゲゼルという人物だ。シルビオ・ゲゼル

ゲゼルは、経済が停滞するのは人々が現金を貯め込むからだと考えていた。現金保有のコストが上昇すれば経済成長は加速するはずだとして、「減価する貨幣」という概念を提唱する。使わずに保有していると、お金としての値打ちが下がっていく貨幣だ。

具体的な仕組みとして、「スタンプ貨幣」を提案した。一定期間ごとに紙幣に一定額のスタンプを貼らないと、使用できなくする。通常はお金を銀行に預けておくと一定の利子が付くのに対し、スタンプ貨幣は保有していると逆にコストがかかるから、マイナス金利と実質同じといえる。

ゲゼルは1930年に死去するが、その後、米国のフィッシャーや英国のケインズら著名な経済学者がゲゼルの考えを熱心に支持した。

ゲゼルの死の2年後、その奇抜なアイデアが実行に移される。世界恐慌のあおりで負債や失業に苦しむオーストリアのヴェルグルという町で、ゲゼル理論を信奉するウンターグッゲンベルガーという町長が、実践に乗り出した。

町は道路の整備、橋やスキーのジャンプ台建設などの公共事業を始め、多くの町民を雇い入れた。そして賃金の支払いのために、町独自の労働証明書といわれる地域通貨を発行する。公共事業に従事した労働者だけでなく、町長をはじめとする町の職員も給与の半分をこれで受け取った。

この地域通貨の特徴は、毎月1%減価していくところにあった。月末に減価分に相当するスタンプを町当局から購入して貼らないと、額面価額を維持できない。地域通貨は非常な勢いで町を巡り始める。お金を早く使ってしまえば、スタンプ代を払わなくて済むからだ。失業はみるみる解消していったという。

評判を聞きつけて町を訪れたある学者は、町の様子をこう記した。「以前はそのひどい有様で評判の悪かった道路が、いまでは立派な高速道路のようである。市庁舎は美しく修復され、念入りに飾り立てられ、ゼラニウムの咲き競う見事なシャレー風の建物である」(『エンデの遺言』)

これは「ヴェルグルの奇跡」と呼ばれ、エンデも成功例として注目した。だが、実際には奇跡や成功とは呼べないだろう。

立派な道路や豪華な庁舎などの描写から見て取れるのは、かつて日本でも見られた、明らかなバブル景気だ。人々に半ば強制的にお金を使わせれば、景気は一時よくなる。しかし長続きしない。経済が息長く発展を続けるには、自然な金利水準に導かれて人々が貯蓄をし、企業が投資をし、産業の生産性を高めなければならない。人為的な低金利による過剰な消費や公共事業はそれを妨げる。

現在のヴェルグルの町

オーストリアの中央銀行が紙幣発行の独占権を侵したとして訴訟を起こし、勝訴したため、ヴェルグルのスタンプ貨幣の試みは1年で幕を閉じる。完全雇用に近かったヴェルグルの町はスタンプ貨幣の禁止によって、再び30%近い失業率を記録することになった。禁止されなくても、いずれバブルの崩壊に見舞われていたはずだ。

長年にわたるマイナス金利の夢から、日本はまだ覚めたばかりだ。しかもまだ人為的な超低金利は続き、株式市場はカネ余り相場に沸いている。現実逃避のツケを払うのはこれからだろう。

著者名

木村貴(QUICK解説委員長)

日本経済新聞社で記者として主に証券・金融市場を取材した。日経QUICKニュース(NQN)、スイスのチューリヒ支局長、日経会社情報編集長、スタートアップイベント事務局などを経て、QUICK入社。2024年1月から現職。業務のかたわら、投資のプロに注目される「オーストリア学派経済学」を学ぶ。著書に「反資本主義が日本を滅ぼす」「教養としての近代経済史」ほか。


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