【QUICK解説委員長 木村貴】日本の税負担は軽くない。以前のコラムで紹介したように、2024年度の国民負担率は45.1%となる見通しだ。税金と社会保険料の合計で所得の半分近くを政府に払わなければならない。政府は6月から定額減税を始めたものの、期間は1年限り。納税者からは一段の負担軽減を求める声が強まっている。
火事でも消防車が来なくなる?
こうした中、「税金のない世界」を描いたイラストや動画がソーシャルメディアで話題となっている。重い負担に嘆く納税者からすれば、税金のない世界なんて天国のように思えるだろう。ところがこれらのコンテンツでは、税金のない世界はまるで地獄だ。
これは世界一わかりやすい。
— ノウリ|逆境のランダムウォーカー (@4ButterflyWorld) May 31, 2024
←税金のある世界 税金のない世界→ pic.twitter.com/vL8xTBtyA7
イラストから見てみよう。どこかの町。ビルが火災に襲われ、消防隊が消火や救助にあたっているのが気になるけれども、空は晴れ、全般にはのどかな雰囲気だ。
クリックすると、別の絵が現れる。同じ町だが、一天にわかにかき曇り、雰囲気が一変する。火事のビルには消防車の姿がなく、火が激しくなって、たまりかねて飛び降りる人もいる。カーソルをあてると説明が表示される。「消防車が来ず、消火活動が行われない」「はしご車も来ず、人が救助されない」
コンビニの前で店員が、逃げる強盗と銃で撃ち合っている。まるで西部劇だ。「警察官がいないため、犯罪が多発する」という。公園は「維持管理ができず、荒れ放題」のうえ、「ゴミの回収がなく、そのまま放置」されている。
増水した川で人や車が流されている。「整備できなくなり、川が氾濫」しているらしい。市立病院は真っ暗だ。公立病院が「無くなり、私立のみとなる為、医療費が高くなる」という。
まるでマンガ「北斗の拳」か映画「マッドマックス」を思わせる、無秩序と暴力に満ちた恐怖の光景だ。絵の迫力に押されて、「やっぱり税金はすべて必要だ」と思いたくなる。けれども、考えてみると、なんだかおかしい。
税金がなくなり、政府が各種のサービスを提供できなくなっても、代わりに民間企業で提供すればいい。税を取られない分、人々の手元にはお金が残るから、それで代金を払える。一般に民間のサービスは政府のお役所仕事より安価で良質だから、むしろ安くつくだろう。
警察の仕事は、権限移譲で銃の使用や逮捕権などを認められれば、民間の警備会社でほぼ代行できるし、消防・救急への多角化も難しくないはずだ。公園は、店舗やショッピングモールに併設すれば、清掃も行き届き、無料か安い料金で楽しめるに違いない。病院はすべて私立にして市場競争を徹底するほうが、医療費はむしろ安くなる。お粗末な公共工事で洪水になっても国や自治体、受注した企業はたいした責任を負わないが、純粋な民間事業になればそうはいかない。手抜きをすれば、企業は重い責任を問われ、淘汰される。
これら新インフラ産業は、行政サービスよりも付加価値が高まり、経済成長に貢献する。まじめで能力のある労働者は引っ張りだこになり、待遇が改善されるだろう。
企業が運営する安全な道路
次に、動画を見てみよう。小学生向けだ。少女マリンが弟ヤマトと買い物の帰り、妖精から何でも願いをかなえてやるといわれ、消費税を払ったことを思い出し、税金をなくすよう願う。するとたちまち、税金のない世界が現れる。
まず火事のニュースが流れる(税金のない世界では、なぜか火事が鉄板ネタのようだ)。焼けた家の住人に対して、消火と赤ちゃんの救出にかかった多額の費用が請求されるという。高い料金を払えない人も多く、会社になった消防署は赤字になり、消防士として働くマリンたちの父親は給料が減ってしまった。
マリンたちの学費や教科書代もすべて自前になり、暮らしは楽にならないと祖母は話し、こう嘆く。「(税金は)みんなが力を合わせて、いい社会を作るためにあったのに」
マリンとヤマトが驚いて外に飛び出すと、街中ゴミだらけ。ゴミを回収する会社がつぶれて、ほったらかしだという。道路を渡ろうとすると、持ち主から通行料を請求される。税金がなくなって交差点の信号が消えたせいで、交通事故がよく起こる。事故でけがをしても、救急車の料金が高くて呼べない。
川にかかった橋は崩れたままだ。公園はなくなっている。話を聞こうと交番に飛び込むと、道案内から犯人逮捕までサービスはすべて有料で、しかも高い。マリンたちはようやく妖精を探し出し、元の税金のある世界に戻してもらう。
ここで描かれた悲惨な無税社会も、イラストの場合と同じく、無理がある。すでに述べたように、民営化すれば利用料はむしろ安くなる。補足すると、火災保険で消防代がカバーされるようになれば、払えない心配はない。民営化された交番にはコンビニのように競争があるから、高すぎる料金を吹っかけると利用者は来なくなる。
学校がすべて私立になり、文部科学省の画一的な規制から解放されれば、個性豊かな多くの学校(「塾」や「寺子屋」と呼ばれるかもしれない)が生まれるだろう。学費はさまざまだろうが、競争原理が働くから全般に安くなる。学校に通わず自宅で学ぶホームスクールも増えるはずだ。不登校が問題視されることはなくなる。
道路は民間企業で建設・運営できる。たいていは無料かわずかな料金で済むだろう。多くの利用客に来てもらいたい店舗や商業施設が、駐車場の延長で整備し、コストを負担するからだ。住宅地の場合、住宅デベロッパーが整備し、安全で美しい生活道路をアピールするだろう。わずかな運転ミスで車が子供の列に突っ込むような危険な道は、すぐになくなるはずだ。ゴミ回収も資本力のあるデベロッパーの手に移り、今よりずっと便利になるだろう。
「力を合わせて、いい社会を作る」ことは、税金がなくてもできる。むしろ税金に頼らず、自由な市場経済を活用したほうが、人々は多様で柔軟な協力関係を結ぶことができるし、社会は豊かになる。マリンとヤマトやその家族は、もっと幸せな人生を送れるだろう。
民間活力で未来に希望
無税社会を悪夢のように描いた二つのコンテンツは、いずれも国税庁かその関連団体が制作したものだ。動画「マリンとヤマト 不思議な日曜日」は国税庁の公式ユーチューブチャンネルで2022年に公開され、イラスト「税金の無い世界」は地方の租税教育推進協議会のホームページに掲載されている。
税金を集めるのが仕事の税当局からすれば、「税金は必要」というメッセージをあの手この手で伝え、納税のモチベーションを少しでも高めたいのだろう。行政サービスには税のコストが伴うという事実を教えるのは、教育、保育、給食などの「無償化」(実際には税負担化)という甘い嘘をふりまく無責任な政治家たちに比べれば、まだしも良心的かもしれない。
それでも、税のない社会を混乱に覆われた暗黒世界のように描くのは、偏ったメッセージだといわざるをえない。産業・技術が高度に発達した現在、行政サービスのうち、民間で担えないものは少ない。無税が無理だとしても、かなりの部分を民間に任せられるはずだ。それは日本経済に活力を取り戻し、将来に希望を持てる社会にするだろう。
税金のない社会を暗黒に描き、税を減らすことそのものが悪であるかのような印象を人々に植えつければ、未来を変える機運をくじき、経済の停滞を長引かせるだけだ。
酷いコンテンツです。無税国家を願っている人はいないでしょう。普通の人々は少しの税で最大の効用を生み出して欲しいと思っている。民の心は役人には理解してもらえない。