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経済学者ケインズ、5つの「迷言」 その主張はなぜインフレと財政危機を招いたのか?(木村貴の経済の法則!)

【QUICK解説委員長 木村貴】ジョン・メイナード・ケインズといえば、20世紀最大の経済学者ともいわれる英国の有名な経済学者だ。世界恐慌のさなか、1936年に出版された主著『雇用、利子および貨幣の一般理論』(略して『一般理論』)は経済学に革命を起こしたといわれ、この本で展開された理論は、政府の経済対策の指針となるマクロ経済学の元になったとされる。

ところが近年、ケインズの理論には厳しい目が向けられている。日米欧など世界の主要国を襲っているインフレや財政危機の原因になった面があるとされるからだ。

ケインズは著書や寄稿、手紙などに多くの印象的な言葉を残しており、古い考えにとらわれない斬新な発想を示すものとして称賛されてきた。けれども今、あらためてそれらの「名言」を振り返ってみると、そこにはインフレや経済停滞、債務危機などの火種となる危うい考えが見て取れる。以下、よく知られる5つの言葉を点検してみよう。

1 「長期的には、みな死ぬ」

ケインズは英国の名門私立学校であるイートン校を卒業後、同じくエリートの通うケンブリッジ大学キングス・カレッジに入学する。ケインズの人格形成に大きく影響したのは、若いエリートが濃密な交友関係を結ぶ秘密学生団体で、卒業後も社会人として関わった「ケンブリッジ使徒会」と、やはり名門の子弟が集う知識人・芸術家集団「ブルームズベリー・グループ」である。

両組織に共通するのは、勤勉、禁欲、節制、貞淑などを特徴とする、前世代のビクトリア朝時代の道徳に対する反発だった。ビクトリア時代の道徳は、目先の享楽よりも将来の幸福を重んじることで、貯蓄と投資を促し、経済の繁栄と中産階級の隆盛をもたらした。しかしケインズらエリートにとって、この保守的で商業的な道徳は我慢ならないものだった。

大学卒業後、官僚の道を歩んだケインズは1930年に刊行した著作『貨幣改革論』で、「長期的にみると、われわれはみな死んでしまう」と述べた。ケインズは長期の問題に関心がなかったわけではないと弁護する向きはあるものの、この言葉は、短期の景気回復を説くケインズにいかにもふさわしい。

2 倹約のパラドックス

ここから主著『一般理論』の言葉をみていこう。ケインズ以前の時代には、貯蓄を増やすために無駄遣いを減らすこと、つまり倹約は美徳と信じられていた。ところがケインズはこれを真っ向から否定する。

ケインズによれば、景気が悪くなると、多くの人が対策として倹約をするが、その結果として需要が減って企業業績が悪化し、さらに景気が悪くなる。不景気の際に無駄遣いしないのは家計防衛からは正しいことだが、その正しい行動が事態を悪化させる、パラドックス(逆説)だといわれる。個人の正しい行動が全体としては悪い結果となる「合成の誤謬」とも呼ばれる。

ケインズは「消費を減らして貯蓄を増やそうといくらがんばってみても、そのような企図は人々の所得に影響を及ぼし、その結果、その企図は必ず挫折せざるをえないだろう」(第7章。以下、いずれも間宮陽介訳)と述べる。

しかし投資のプロに注目されるオーストリア学派経済学によれば、好景気は中央銀行がお金の量を人為的に増やすことによって起き、不景気はそれが消費の過熱や物価・賃金の上昇で限界を迎えることによって起きる。不景気は経済が正常に戻る過程であり、ケインズが主張するように倹約をやめさせて消費を刺激すれば、経済は正常化が遅れ、停滞が続くことになる。

作家ハンター・ルイス氏は「倹約の逆説などというものはない」と指摘する。倹約は不景気のときであっても良いことなのだ。

3 「永続的な半好況」

ケインズにとって、不景気とそれによる失業の増大は、経済の自然な変化の一局面ではなく、何としてでも避けなければならない災害だ。しかし、避ける方法はあるのか。ケインズはあるという。それは金利の引き下げだ。

ケインズは「現状より高い利子率ではなく、それ以下の利子率」によって、「不況をなくし、そしてわれわれを永続的に半好況の状態におくこと」ができるかもしれないという(第22章)。

景気悪化の恐れに対して中央銀行が政策金利を引き下げ、ソフトランディング(軟着陸)させようとするのは、今の世界では常識であり正しい判断とされる。それに経済学のお墨付きを与えたのは、ケインズのこの主張だ。

利下げによって不況をなくし、ちょうどよい「半好況」をいつまでも続けられるというのだから、すごい。米経済ジャーナリストのヘンリー・ハズリットは、「まじめな経済学者の発言というよりは、政治家候補者が選挙戦の最後を締めくくる演説のようだ」と皮肉る

繰り返しになるが、金融政策でお金の量を増やせば、景気は目先回復しても、長続きしない。その間、貴重な時間と資源・労働を無駄遣いし、経済構造の改善を遅らせることになる。

4 ピラミッド・地震・戦争

ケインズが金融政策と並んで景気対策の柱と位置づけるのは、財政政策だ。市場経済の自然な回復に任せるべきだとする古典派経済学を批判し、公共事業の支出拡大による政府の景気対策が必要だと説く。

とくに労働者が失業し、資本が遊休している場合には、たとえ道路に穴を掘って埋めるという事業であっても、失業者や遊休資産という無駄の解消につながり、国民経済にとって望ましいと主張した。さらにケインズは次のような極端な例をあげる。「ピラミッドの建設、地震、そして戦争でさえもが、富の増進に一役買うかもしれないのである」(第10章)

こうした主張について、前出のハズリットは「悪い経済学者はすぐに目に付くものしか見ようとしない」と批判する。ピラミッドの建設や、地震・戦争の後の復興は目に見えやすいから、それによって豊かになったと錯覚しがちだ。けれども地震や戦争は、そもそもそれが起こらなければ、復興に充てた資源や労働を他の前向きな投資に回せただろう。政府がピラミッドを建てなければ、資源や労働を民間でもっと有意義な目的に使えるだろう。無駄遣いは結局、無駄でしかない。

ケインズが推奨する金融政策と財政政策を組み合わせれば、政府債務の山ができ上がる。多額の政府支出を税金で賄いきれなければ、国債を発行し、中央銀行が増やしたお金で直接・間接に買い取ればいいからだ。

5 「金利生活者の安楽死」

ケインズは、政府・中央銀行がお金を増やすことによって、経済発展に必要な資本をいくらでも供給できると考えた。お金の量を増やせば増やすほど、資本の希少価値は薄れ、金利は下がるという。

そうなると、これまで希少な資本を提供してきた資本家はどうなるのだろう。ここでケインズは恐るべき予言をする。政府が資本提供の主役となることによって起こるのは「金利生活者の安楽死」であり、「資本家の抑圧的権力の安楽死」だという(第24章)。

ここでいう金利生活者とは、資本を提供する見返りに利息収入を得る資本家だ。理想の社会では、資本家は「安楽死」していなくなるというのだから、資本主義は消滅すると説く社会主義の主張とほとんど変わらない。ハズリットは「マルクス主義とは看板こそ異なるものの、ほんの細かな違いでしかない」と述べる。

35年前のベルリンの壁崩壊によって、社会主義を唱えるマルクス経済学の誤りが明らかになった。しかしその後、ケインズ経済学を口実に、政府の経済介入は続き、政府債務は膨張した。今、世界の政府債務は過去最高の1.3京円に達した。債務危機が現実になれば、債務の膨張を容認し、後押ししてきたケインズ主義の罪が問われるだろう。ケインズの5つの「迷言」はその証拠物件といえる。

著者名

木村貴(QUICK解説委員長)

日本経済新聞社で記者として主に証券・金融市場を取材した。日経QUICKニュース(NQN)、スイスのチューリヒ支局長、日経会社情報編集長、スタートアップイベント事務局などを経て、QUICK入社。2024年1月から現職。業務のかたわら、投資のプロに注目される「オーストリア学派経済学」を学ぶ。著書に「反資本主義が日本を滅ぼす」「教養としての近代経済史」ほか。


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