【QUICK Money World 荒木 朋】株価は景気や企業業績など様々な要因で上げ下げを繰り返しながら動きます。株式投資をする人にとっては基本的に株価が右肩上がりで推移することが望ましい展開といえますが、相場は時に大きく下落することがあります。株価が急落すると投資家は先行きを悲観し、パニックになって慌てて売ってしまうという投資行動に陥りがちです。しかし、そこが下落局面のピークになることもしばしばで、売ったことを後悔した経験のある人もいるのではないでしょうか。
相場の急変に一喜一憂しない強靭(きょうじん)なメンタルを身につけるのは並大抵のことではありませんが、簡単かつ最も有効な対処法は「長期投資が資産運用の王道である」という基本に立ち返ることです。また長期投資では、運用方法や運用期間などを定めるために目標(ゴール)を設定することが重要です。
将来の夢や目標などを最初に設定し、そこから逆算して中長期の視点で最適な運用プランを決める手法として「ゴールベースアプローチ」という考え方があります。本記事では、短期的な相場変動に一喜一憂しないためのゴールベースアプローチ運用について詳しく解説していきます。
株価急落に慌てる投資家 人気投信から1000億円超の資金流出
2024年の東京株式市場で代表的な株価指数である日経平均株価は年初から上昇基調となり、7月には史上最高値の4万2224円を付けました。その後、利益確定売りがやや優勢となるなか、8月上旬にかけて相場は大きな転機を迎えました。
米景気の鈍化を示す米経済指標の発表が相次ぎ、米連邦準備理事会(FRB)による利下げ実施への確度が高まる一方、日銀が7月末の金融政策決定会合で3月のゼロ金利政策解除に続く追加利上げを決定。米景気懸念に日銀の追加利上げが追い打ちとなり、円相場が対ドルで急伸すると、株式相場には大きな下押し圧力がかかりました。
8月の日経平均は月初めのわずか3営業日で7643円(19.5%)の大幅下落となり、とりわけ5日は4451円安と、下げ幅は米株安が世界に飛び火したブラックマンデー翌日の1987年10月20日(3836円安)を上回り過去最大を記録しました。
この急落により、日経平均は年初から積み上げてきた上昇分をすべて帳消しにする形となりました。2024年1月に新NISA(少額投資非課税制度)がスタートし、それを機に投資を始めた人にとっては、相場の大きな波乱を初めて経験したといえます。そして実際、統計データからもその慌てぶりが見て取れます。
QUICK資産運用研究所によると、国内公募の追加型株式投資信託(上場投資信託=ETFを除く)は8月7日に1609億円の資金流出超過となりました。1000億円以上のまとまった資金流出は新NISA開始以降、初めてでした。このうち、新NISAで圧倒的な人気を誇る「eMAXIS Slim」シリーズの「米国株式(S&P500)」は推計で226億円、「全世界株式(オール・カントリー=通称オルカン)」は78億円の資金がそれぞれ流出しました。
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8月5日にかけての日経平均株価の急落をきっかけに、自身が保有する投資信託の基準価額も大きく下げたことを受けて、慌てて売却(解約)した様子がうかがえます。
株価急落、そんな時はどうすればいい?
8月相場の最初の3営業日で2割下げた日経平均ですが、その後は一転して反発局面に入りました。過去最大の下げ幅を記録した翌日の6日、日経平均は3217円高と今度は過去最大の上げ幅を記録しました。その後の日経平均株価は戻り歩調をたどり、一時は3万9000円に迫る水準まで上昇し、「令和のブラックマンデー」とも呼ばれる株価急落前の水準を回復する場面がありました。
8月の日経平均は前半に大混乱となり大きく下落しましたが、その後に相場は下げ止まって反発局面に入ったため、結果的に月間ベースで1%安にとどまりました。結果論でいえば、株価急落時に投資信託などを売却(解約)した人は、もう少し我慢して保有していれば、被った損失の額、あるいは得られた利益の額は大きく違っていたことを示しています。
株価が乱高下して自身が保有する金融資産の損益の振れ幅が大きくなると、精神的にも心理的にも不安定になるものです。ましてや株価急落で保有資産の損益が大幅に悪化すればダメージが大きくなることは避けられないでしょう。相場格言の1つに「悲観で買い、楽観で売れ」という言葉もありますが、株価急落を目の当たりにして冷静に的確な判断をするのはなかなか難しいのが事実でしょう。
ひとつ言えるのは、短期的な利益を追求している人ほど相場の急変動に損益面でも精神面でも打撃を受けやすいということです。言い換えれば、長期的な視点で資産運用している人にとっては短期的な相場急変のダメージはゼロではないものの、その度合いは短期投資家ほど大きいものではないということです。投資の基本原則の1つである「長期投資」を実践すれば、相場急変時にもある程度落ち着いた投資行動を取ることができるでしょう。
長期的な視点で資産運用を実践する際、重要なポイントの1つが資産運用のゴールを明確にして、運用計画を立てて運用することです。最初にゴールを具体化・明確化して、そこから逆算して必要な資金の確保や計画を立てる運用手法がゴールベースアプローチです。
ゴールベースアプローチのもと、長期的な視点に立って投資を継続することで、長期投資の醍醐味の1つでもある「時間を味方につける」ことができます。時間を味方につけることは、相場の急変時の対処法としても有効な手段の1つです。前述の通り、相場は上げ下げを繰り返しながら動くもので、株価が安い時にも高い時にも買い続けることで購入単価が平準化される効果が得られます。ゴールベースアプローチは、あくまでも長期的なゴールの達成が目標なので、短期的な相場変動に一喜一憂する必要がそもそもないのです。
ゴールベースアプローチ運用で相場変動に一喜一憂しない!
ゴールベースアプローチは、①ゴールの設定・明確化、②ゴールに向けたプラン策定、③資産運用方法の選択・実行、④定期的な確認――という流れで計画・実践していきます。
「ゴールの設定・明確化」は、例えば「65歳までに老後資金2000万円を確保することを目標に資産運用する」といった感じです。ゴールを決めたら、今度は「ゴールに向けたプラン策定」に移ります。ここでは、ゴール実現までの期間(=65歳―開始年齢)や初期投資の有無および金額、投資資金の原資の把握、現在の資産状況や今後の収入見通し、リスク許容度(安全性重視かバランス重視か収益性重視か)などを確認し、その情報を基にゴール実現への道筋を決定します。
プランを策定したら、次は「産運用方法の選択および実行」です。プラン策定で確認したゴール実現までの期間やリスク特性などに合わせた最適な資産配分や運用商品を決定します。最後は、「運用状況の確認」です。想定した運用プランと現実の運用状況にズレがないかを点検します。運用状況の確認というと、「運用成果」が思い浮かびますが、ゴールベースアプローチでは、ゴールの実現に向けた目標達成確率の変化を確認し、必要に応じて資産配分や投資期間・金額などを見直すことに重きを置いています。
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最初にゴールを設定することで、そのゴールの性質を理解するとともに、ゴール達成までの期間などが具体化できます。前述の老後資金として2000万円を確保するというゴールの場合、老後を安心して暮らすためには必要不可欠な資金であり、数十年間といった比較的長い期間の運用によって達成しようとするケースになります。一方、趣味の海外旅行の資金として100万円貯めるというゴールの場合、運用期間は比較的短く、大きなリスクを取って運用する類のものではありません。ゴールの性質を理解し、達成期間を具体化できれば、運用におけるリスク・リターンを適正に設定することができるようになります。
確実に達成したいゴールだったり、ゴールまでの期間が短かったりした場合、自身が許容できるリスクを抑えることになり、大きなリターンは期待できないものの元本割れリスクのない運用方法が選択肢になります。元本割れリスクがない金融商品に投資すれば、今回のような株価急落は関係がありません。また元本割れリスクが小さい金融商品であれば、株価急落の影響も限られるのが一般的です。
達成時期が少し遅れても問題のないゴールだったり、そもそもゴールまでの期間が長かったりする場合、短期的な株価の変動でジタバタしないのが鉄則です。ゴール達成までの期間が長い場合、許容できるリスクもある程度高めることが可能で、リスク性の強い資産で運用することができます。リスクを取って運用する場合、今回のような株価急変の影響を短期的に大きく受けることは避けられません。しかし、前述の通り時間を味方につけることで対処は可能です。積み立て投資をしている場合、株価の急落時はむしろ安く買えたと考えるようにすればいいでしょう。
運用も相場も長期的な視点で全体を俯瞰する重要性
資産運用では長期的な視点に立ち、ゴールを明確化・具体化することが重要で、その有効な運用手法として「ゴールベースアプローチ」という考え方があることを紹介しました。相場をみる際も長期的な視点に立つことは極めて重要です。
新NISAで人気の高いオルカンのベンチマークである「MSCIオール・カントリー・ワールド・インデックス(ACWI、配当込み・円ベース)」のチャートについて、短期および長期の2つの視点で眺めてみましょう。
ACWIの直近の3カ月チャートは以下の通りです。日経平均株価が史上最大の下げ幅を記録した8月は世界的な株安に発展し、円が上昇(外貨建て資産の価格が下落)したため、ACWIも大きな調整を余儀なくされました。このチャートをみれば多くの投資家がうろたえるのも無理はないといえます。
今度はACWIの過去10年のチャートをみてみましょう。3カ月チャートと比べて景色は全く違った形でみえるのが分かります。8月の急落は確かに過去最大級の下げ幅だったわけですが、10年という長い視点でみると、長期上昇相場における一時的な調整という見方ができるのです。
もちろん、8月の株式相場は歴史的な急落となったため、運用を開始した時期によってダメージを大きく受けた人もいるでしょう。ただ、10年のチャートをみて分かるのは長期投資が極めて重要だということです。世界経済の成長が基本的に持続するという前提に立てば、株式相場は長期的には右肩上がりのトレンドを続ける可能性は高いといえます。
仮に相場の高い時期に資産運用を開始し、その後の急落で運用環境が悪化しても、投資を継続すれば最終的には報われるという経験則もあります。
2000年以降の株式市場では、今回の相場急落を除くと、00年のITバブル崩壊、08年のリーマン・ショック、直近では20年の新型コロナショックという3度の大暴落を経験しました。しかし、ある程度の期間を要したものの、いずれも暴落前の水準を回復しているという事実があります。新型コロナショックに至っては、短期間で暴落前の水準を回復しました。
QUICK投信分類平均(バランス型)でみると、同平均が暴落前の高値を回復するのに要した期間はITバブル崩壊時が約6年、リーマン・ショック時は約6年半でした。これは仮に大暴落が起きる直前に投資信託を購入したとしても、6~7年間耐えて保有し続ければ投資額は回収できたことを意味します。しかも、コツコツと毎月積み立てて運用していれば、安い時に購入量を増やすドルコスト平均法の効果があるため、暴落前の高値を回復した段階では全体でプラスのリターンが得られた計算になります。
資産運用も相場も長期的な視点で全体を俯瞰することがとても大切です。明確なゴールがあり、なおかつゴール達成まである程度の期間があるなら、相場急変時にも決して慌てすぎないようにしましょう。いったん冷静になってその推移を見守りながら、ゴールや運用計画を点検するちょうどいい機会と受け止めたいものです。こうした冷静な投資判断をもとに資産運用を実践するためにも、ゴールベースアプローチという運用手法をぜひ活用してみてください。