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ハイパーインフレと預金封鎖、そのときどうする? 終戦直後の日本に学ぶサバイバル術(木村貴の経済の法則!)

記事公開日 2024/10/25 11:30 最終更新日 2024/10/25 11:30 投資信託 株式 木村貴 ハイパーインフレ 木村貴の経済の法則! 預金封鎖

【QUICK解説委員長 木村貴】先日のコラムで述べたように、日本は終戦直後、ハイパーインフレないしそれに近い高インフレに襲われた。戦時中の戦費調達、戦後の産業復興をともに円の増発に頼ったことがその原因だった。

政府は財政の穴を埋めるため、預金封鎖や新円切り替え、資産課税に乗り出した。人々はインフレで預貯金や国債が無価値になったり、資産に高い税金をかけられたりした。戦災で生命を失い、身体を傷つけられたばかりでなく、財産まで失ったのである。

そうした中でも、たくましく立ち回り、貴重な財産を守った人たちがいた。万が一、日本が再び激しいインフレや預金封鎖に見舞われたときの備えとして、以前取り上げたジンバブエに続き、当時の「サバイバル術」を学んでおこう。

財産税に抜け道

政府は破綻の危機に瀕した財政立て直しのため、終戦翌年の1946年から複数の税制を導入した。柱の一つが「財産税」だ。同年3月3日時点で国内に在住した個人を対象に、一定額を超える財産(預貯金、株式などの金融資産および宅地、家屋などの不動産)に課税する1回限りの特別税で、最低税率は25%。1500万円超の財産には実に90%も課税された。

最も多くの財産税を納めたのは天皇家で、当時のお金で38億4300万円を納税した(本吉正雄『元日銀マンが教える預金封鎖』)。華族も課税され、多くの土地や美術品が物納された。三菱財閥の岩崎一族の邸宅(東京・台東)も財産税を支払うために物納され、最高裁判所司法研修所として一時使われた。現在は東京都立公園の旧岩崎邸庭園として一般公開されている。不動産は物納だけでなく、企業家に買い取られたものも多い。たとえば旧朝鮮・李王家邸(同・千代田)は赤坂プリンスホテル(現赤坂プリンスクラシックハウス)となった。

ただし、財産税に「抜け道」があった可能性は否定できない。経済学者の小黒一正氏は「預金や不動産などは隠しようがありませんが、例えば貴金属などで持っていたとすれば、隠せないことはないでしょう」(『預金封鎖に備えよ』)と指摘する。

実際、抜け道はあったようだ。財産税は延納が認められていたため、金納・物納にかかわらず一度に納めずにいることも可能だった。元日銀職員の作家、本吉正雄氏は「預金封鎖・財産税の徴収後もインフレは続いたために、結果的に延納した方が負担が少なくなり、土地や美術品を売らずにすんだという事例も少なからず存在する」(同氏前掲書)と述べる。

株式市場を利用

旧円を新円に切り替えるための預金封鎖は1946年2月から実施された。紙幣の切り替えは極秘裏に、しかも短期間で払い戻しに必要な大量の新円札を用意する必要に迫られたが、さすがに間に合わず、応急措置として旧円札に証紙を貼ったものを新円札とみなし、市中で流通させた。預金は引き出し額に制限があり、インフレが進むにつれ価値が失われていった。

新円切り替えの様子

新円切り替えの様子(wikipedia.org

この預金封鎖にも、抜け道はあった。「事前にこういう法令が施行されることを知り、預貯金を大量に引き出して株券などに替えておき、新銀行券に切り替わって安定してから現金化する、という一群もいたようです」(小黒氏前掲書)

本吉氏や証券市場研究者の小林和子氏(論文「不祥事と証券行政」)は、次のように具体的に説明している。預金封鎖を指示した「金融緊急措置令」は市場での株式取引を禁止し、数日後に新円取引での再開を認めたものの、まだ新円は少ない。そこで証券界は封鎖した旧円の預金で株が買えるよう大蔵省(現財務省)に陳情し、認められた。すなわち、株式を封鎖預金で買って新円で売ることが可能になった。インフレから財産を守る手段として、株取引は急拡大した。「証券市場においては、預金封鎖は有名無実のものとなっていた」(本吉氏前掲書)

こうした事態を防ぐため、大蔵省では、封鎖預金で買った株券は名義書き換えを義務づけ、各事業会社の認証のある株式名義書換請求書を添付することにした。それでも封鎖破りは後を絶たなかった。例えば、当時の日立製作所は2時間で名義書き換えをしていたために、手っ取り早く資金を必要とする人々に争って取引されていた(同)。

ついに政府は、金融緊急措置令違反などの疑いで有力証券会社の取り調べに乗り出した。しかし株の封鎖取引は、同措置令のインフレ抑制という精神には反するものの、大蔵省告示で認められている以上、違法ではない。法の不備であるとして、結局不起訴になった。

小林氏はこう総括している。新円も株も持たない一般庶民のことを考えれば、証券市場を利用した旧円の新円化は「法の精神」にもとる行為だったかもしれない。しかし新円を獲得しやすかった商業分野や、株を売って納税や生活費に充てたい旧資産家層などにとっては「法の活用」でもあった――。

以上のように、預金封鎖に株式市場という抜け道はあったものの、今と違いインターネット証券もなく、株式投資の普及していない庶民の助けにはならなかった。

圧力かけて解除も

預金封鎖にはもう一つ、抜け道があった。事業を行う者であれば、解除してもらうことができたのである。占領下の日本を実質支配するGHQ(連合国軍総司令部)や大蔵省に働きかけて封鎖を解除してもらうこともあったようだ。

前掲の元吉氏が引用する福田赳夫氏(元首相、大蔵省出身)の回想によれば、当時の吉田茂首相から急に呼び出され、「政治には金がかかるんだよ」と言われた後に、ある企業の社長を紹介され、預金封鎖を解除するよう頼まれたという。

たまたまその企業についてはそうした働きかけがなくとも封鎖が解除できたので、すぐに預金封鎖を解除したというが、一般の企業が預金封鎖を解除してもらうには大蔵省に連日通い詰め、何度も手続きを踏まなければならなかった。それを考えると、「これも一種の政治的圧力による便宜と言うこともできるであろう」と元吉氏はコメントしている。

大蔵省に詰めかけた陳情者の中には、興奮して大蔵省の担当課長に殴りかかる者や、大蔵次官室の入口にサラシの腹巻きを巻いたままで座り込み、面会を強要した人まで出たという。

小黒氏も「どうしても現金が必要な事業者などが政治家に働きかけ、制度変更を迫った」と述べる。その結果、金融緊急措置令は7回、施行規則は24回も改正され、「そのたびに空洞化していった」。しかし、この恩恵にあずかるのは政治にコネのある事業者やその同業者であり、一般消費者には直接関係なかった。

政治監視が必要

今の一般市民は、政治にコネが乏しいのは当時と変わらないものの、金融市場やテクノロジーの発展を背景に資産防衛の手段は広がっている。

元吉氏の前掲書は文庫版が2007年刊のやや古い本だが、預金封鎖から財産を守る方法として①外国の銀行に円口座を持つ②切手や骨董品などを趣味で集め、必要に応じてネットオークションで換金する③ドルを現金で保有する――などを挙げている。面白いのは500円玉貯金だ。戦後の預金封鎖の際、一定額以下の少額貨幣は交換する手間が莫大になることもあって、預金封鎖の対象から外された。この抜け穴を狙って、500円玉を地道に貯めるのだ。

銀行員出身の作家、荒和雄氏も小説『預金封鎖』文庫版(2004年刊)のあとがきで、資産防衛の候補として①外国銀行に円やドルで口座を開く②日本で外資系金融機関に円建てや外貨建ての預金をする③預金以外の株式、投資信託、生命保険などに分散投資する――などを挙げる。ただし外資系金融機関も日本の当局の出方次第では必ずしも安全とはいえず、株式や投信も財産税の対象になる恐れがあるとクギを刺す。また、金などの貴金属は遊休資産の投資ならよいが、生活資金となるといずれ換金の問題が生じると指摘している。

マネックスライフセトルメント社長の我妻佳祐氏は先月上梓した『金融地獄を生き抜け』で、ハイパーインフレや預金封鎖といった極端なケースには触れていないものの、「インフレの時代には額面はそのままでも日々、銀行預金は実質的に目減りしており、それ自体が大きなリスク」と指摘。全世界株式を基本としたインデックス投信を利用した分散投資を勧める。一方で、「インフレ期の株投資は業種・銘柄の選別が重要になる」(東京海上アセットマネジメントの平山賢一チーフストラテジスト)との見方もある。

株式や投信、貴金属などには価格変動リスクがあり、インフレから資産を守る手段として完璧ではないし、金銭に余裕のない人はそうした投資も難しい。さらにインフレはバブルを招き、経営資源の無駄遣いをもたらすという弊害もある。最初から起こさないのが一番だ。

ところが政治は選挙になると大盤振る舞いを競い、インフレを鎮めるどころか加速しかねない。有権者として厳しい監視の目を向ける必要があるだろう。

著者名

木村貴(QUICK解説委員長)

日本経済新聞社で記者として主に証券・金融市場を取材した。日経QUICKニュース(NQN)、スイスのチューリヒ支局長、日経会社情報編集長、スタートアップイベント事務局などを経て、QUICK入社。2024年1月から現職。業務のかたわら、投資のプロに注目される「オーストリア学派経済学」を学ぶ。著書に「反資本主義が日本を滅ぼす」「教養としての近代経済史」ほか。


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