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個性は分業を生み、繁栄をもたらす アダム・スミスは何を見落としたか?(木村貴の経済の法則!)

記事公開日 2025/1/17 10:00 最終更新日 2025/1/17 10:00 トランプ 多様性 木村貴 市場経済 アダム・スミス 国富論 木村貴の経済の法則! DEI

【QUICK解説委員長 木村貴】「分業」は経済のキーワードの1つです。けれども、この言葉が持つ深い意味は、十分には理解されていないようです。

「国富論」のピン工場

高校生向けのある用語集では、分業の意味をこう説明しています。

「1つの生産物をつくる際に、原料を加工し、半製品をつくり、それを最終生産物に仕上げるように、いくつかの生産工程に分けて労働者を配置する生産方式のこと。これによって1人で生産するよりも、生産力を飛躍的に高めることができる」

要するに分業とは、工場の生産効率を高めるやり方ということのようです。多くの人も、何となくそう思っているのではないでしょうか。

無理もありません。今見たように、学生向けの用語集にもそう書いてありますし、オンライン百科事典のウィキペディアでも、分業とは「生産過程における効率性を高めるためにとられた役割分担のシステム」だと説明しています。

じつはこれらの説明は、「経済学の父」と呼ばれる、昔の有名な経済学者に影響されています。それはアダム・スミスです。

アダム・スミス

アダム・スミス(wikipedia.org

アダム・スミスは18世紀イギリスの経済学者で、『諸国民の富』とも訳される著書『国富論』は、1776年、アメリカ合衆国がイギリスからの独立を宣言したのと同じ年に出版されました。スミスはこの本で、自由経済が望ましいことを主張し、政府の活動を制限するように説いたことで知られます。

さて、スミスは『国富論』(高哲男訳)の冒頭、第1編の始めで、分業について論じています。そこで出てくるのが、ピン工場の例です。

ここでいうピンとは、衣服を縫うときに使う、まち針のことだと思われます。ヘッド(頭)の部分に玉がついているのが特徴です。ピンは当時、裁縫道具として不可欠な生活必需品でした。

スミスが例に出したピン工場では、作業工程が細かくおよそ18に分かれています。針金を引き伸ばす仕事、真っ直ぐにする仕事、切断する仕事、先端を尖らせる仕事、ヘッドを作る仕事、付ける仕事、ピンを白く塗る仕事、そして出来上がったピンを紙で包む仕事などです。

この工場では、10人の労働者が1日4万8000本のピンを作っています。職人1人では1日20本程度しか作れないことから、分業には240倍も生産性を高める効果があったことになります。

スミスは「分業つまり労働の細分化によって、同数の人々が遂行しうる産業活動は飛躍的に増加する」と強調しています。

人が愚かで無知になる?

アダム・スミスのピン工場の話は、分業というものを考えるうえで、今でも影響力があります。たしかに、工場内での分業が生産効率を高めるのは事実ですし、それを指摘したことには意味があります。

しかしスミスの説明は、もっと重要な事実を見落としているか、十分に注意を払っていないように思えます。分業とは1つの工場の中だけにとどまるものではありません。さまざまな産業・職業の間における分業のほうが、はるかに重要です。ところが『国富論』には、産業革命期の著作であるにもかかわらず、異なる産業・職業間の分業に関する説明がほとんどありません。

それだけではなく、スミスは、分業に関する自分自身の分析を、国家間の分業、つまり国際貿易に当てはめることもしていません。もしそうしていれば、『国富論』で説いた自由貿易のメリットが、よりわかりやすくなったのは間違いないにもかかわらずです。

また、スミスは『国富論』の第1編で、これまで紹介したように、分業の重要性を強調したにもかかわらず、最後の第5編では一転して、分業を非難しています。

それによると、人間が分業によって少数の単純な作業しかしないようになると、理解力や想像力を発揮できず、愚かで無知になってしまう。その結果、理にかなった会話を楽しむことも、私的な義務や国の利害に正しい判断を下すことも、母国を防衛することもできなくなるといいます。こうして分業は、人間の「知的、社会的、さらには武勇という徳目を犠牲に」するとスミスは述べるのです。

ひどいこき下ろしようです。この非難は、経済学者マレー・ロスバードが指摘するように、第1編で述べた分業への高い評価と矛盾しています。

ちなみに、スミスの分業に対するこの非難は、のちに社会主義思想家マルクスに影響を及ぼし、分業は人間が本来あるべき本質を失わせるという、「疎外」の考えにつながっていきます。

もちろん実際には、スミスが非難したようなことは起こっていません。今はスミスの時代とは比べ物にならないくらい、技術や産業が発達し、経済は豊かになっています。もし多くの人が分業のせいで「愚かで無知」になっていたら、この目覚ましい成果は実現していないはずです。スミスが人を愚かにすると決めつける工場労働も、実際にはトヨタ自動車の「カイゼン」活動のように、現場の理解力や想像力を生かして仕事の質を高めています。

交換は思いやりを育む

スミスがどこまで分業の意義や重みを理解していたのか、疑わしく思えてきます。それに対し、分業の意味を深く理解していた経済学者の1人として紹介したいのは、20世紀に活躍したオーストリア出身のルートヴィヒ・フォン・ミーゼスです。

ミーゼス

ミーゼス(wikipedia.org

分業は、人がそれぞれ得意な能力でつくった製品やサービスを交換するうちに、発達します。それでは、人はなぜ交換するのでしょうか。アダム・スミスによれば、それは「あるものを他のものと取引し、やり取りし、交換するという習性」によるといいます。将来を見通す知恵ではなく、まるで動物のような、生まれつきの本能によるというのです。

しかし、この説では、人はとくに欲しいものがないとき、買い物をせず、お金をとっておくという事実を説明できません。もし交換が本能なら、何でもいいから、とにかくお金を使いまくるはずです。

これに対しミーゼスは、交換とは、人が互いに利益を得るために実行する、合理的な選択だと明言します。

誤解してはならないのは、利益を目的とした結びつきだからといって、冷たくよそよそしい関係ではないことです。ミーゼスは、分業の下で、社会のメンバーの間に「同情と友情の感情や連帯感を生むことができる」(村田稔雄訳『ヒューマン・アクション』)と指摘します。

いつもそうだとは限りませんが、仕事を通じて会社の同僚と連帯感が生まれたり、買い物を通じて店の人と親しくなったりといった経験は、誰しもあることでしょう。ミーゼスによれば、人間はもともと他者に対して思いやりの心を抱くから社会をつくるのではなく、交換を通じて思いやりを育むのです。

さらにミーゼスが指摘する重要な点は、分業を生み出す自然環境です。それは第1に、人間の能力の生まれつきの不平等であり、第2に、地球上の生産条件の不平等な分布です。

分業は、それぞれの人が得意とする能力を生かして製品・サービスを交換することで、発達するということを思い出してください。自分が相対的に不得意な仕事を、得意な他人に助けてもらうのです。かりに生産条件の地理的な不平等がないものとし、SF映画のように、クローン技術によって世界がまったく同じ人間ばかりになったら、交換は起こりません。

人それぞれに様々な得意と不得意、言い換えれば、個性があるから、交換が成立し、分業が生まれるのです。それが生産の効率を高め、経済を繁栄させるわけですから、つまり、人間の個性が繁栄をもたらすといえます。

真の多様性は市場経済で

ところで、アメリカで企業の社会的責任とみられていた「DEI(多様性、公平性、包摂性)」推進の活動方針を取り下げる動きが相次いでいます。マクドナルド、ウォルマート、フォード・モーターなどが見直しに動きました。保守派の活動家による圧力が背景にあるとされます。

識者の間には、トランプ政権の誕生とも連動する保守派の「巻き返し」は、これまでのDEIの成果を損ねると批判する声があります。しかし問題は、DEIの理念そのものよりも、それを政治の圧力によって上から押しつけようとしてきたことにあります。

ミーゼスが説くように、分業で成り立つ市場経済にはもともと、個人がそれぞれその個性を生かして活躍する仕組みが備わっています。自由な市場経済を信頼し、自然な形で真の多様性が花開く社会を育む。これが今、求められていることでしょう。

著者名

木村貴(QUICK解説委員長)

日本経済新聞社で記者として主に証券・金融市場を取材した。日経QUICKニュース(NQN)、スイスのチューリヒ支局長、日経会社情報編集長、スタートアップイベント事務局などを経て、QUICK入社。2024年1月から現職。業務のかたわら、投資のプロに注目される「オーストリア学派経済学」を学ぶ。著書に「反資本主義が日本を滅ぼす」「教養としての近代経済史」ほか。


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