ロサンゼルス市内のスーパーマーケットで卵が売り切れ。別のスーパーに在庫はあったが、目が飛び出るような値札がついていた。12個入りパック13ドル99セント(約2170円)。日本に合わせ10個入りで考えると1807円になる計算だ。日本でも値上がりがニュースになっているが、次元の違う異常な高さ。鳥インフルエンザ流行による卵不足が原因とされる。米農務省は1月24日付レポートで、卵価格はさらに20.3%上昇すると予想した。
米連邦準備理事会(FRB)の重視するインフレ指標、個人消費支出(PCE)価格指数はエコノミスト予想と一致。コア指数の前月比は0.16%上昇と、予想よりわずかに弱かった。安堵感で31日の米株式市場で買いが先行したものの、長く続かなかった。ホワイトハウスのレビット報道官は、カナダとメキシコに25%関税を課し、中国に対して関税を10%上乗せすると述べた。心理は一気に悪化。主要株価指数はいずれも安く取引を終えた。翌2月1日、トランプ大統領は大統領令に署名。合成麻薬フェンタニルの米国流入や貿易赤字を理由に挙げた。4日に発動する。トランプ氏に近いFOXニュースは「不法移民の流入を止めるため関税導入」と報じた。
3カ国に対する関税は予想されていた。トランプ氏が何度も警告したため、駆け込み需要で輸入は一時的に急増。スーパーの入り口にメキシコのビールが山積みされていた。それでも衝撃は大きい。シンクタンク「タックス・ファウンデーション」は、関税の影響で今年は1世帯あたり830ドル(約12万8700円)負担が増えると試算。NBCニュースは、メキシコから輸入する果物、野菜、ビール、テキーラ、家電、カナダ産のジャガイモ、穀物、木材、鉄鋼の価格が上がる見通しと報じた。メキシコとカナダには世界の自動車メーカーが進出。ワシントン・ポスト紙によると、昨年だけで1730億ドル(約26兆8000億円)相当の自動車と部品、エンジンがメキシコから米国に輸出された。自動車価格はさらに高くなる恐れがある。カナダは報復関税に動き、メキシコの関係省庁が報復措置を検討。中国は世界貿易機関(WTO)に提訴する構えで、「貿易戦争」が主要メディアの見出しになった。
ウォール・ストリート・ジャーナルは、「歴史上で最も愚かな貿易戦争」と題する社説を掲載。ワシントン・ポストは、「トランプ氏がカナダとメキシコに対し不可解な貿易戦争をはじめた。近隣諸国に対する強い立場を悪用すれば、歴史的な断絶を引き起こす恐れがある」と報じた。ニューヨーク・タイムズは、「トランプ大統領は同盟国と敵国を問わず強硬手段を好む」と解説した。
トランプ氏は「痛みを伴うかもしない」とコメントした。欧州連合(EU)からの輸入品にも追加関税を賦課する可能性を示唆。各国から輸入する鉄鋼や半導体、医薬品に対する関税は18日ごろ発表される見通し。卵価格高騰に苦しむ米消費者に悪影響が及ぶのは必至。「価格を下げる」との発言を信じてトランプ氏に投票した有権者の不安の声を主要メディアが取り上げた。不安ではなく、もはや恐怖に聞こえた。関税は回避されると一部で楽観論のあった金融市場が「貿易戦争」に揺さぶられるのは確実だ。リスクに非常に敏感な暗号資産(仮想通貨)は大統領令が署名された週末に急落した。
(このコラムは原則、毎週1回配信します)
福井県出身、慶應義塾大学卒。1985年テレビ東京入社、報道局経済部を経てブリュッセル、モスクワ、ニューヨーク支局長を歴任。ソニーを経て、現在は米国ロサンゼルスを拠点に海外情報を発信する。