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平成・危機の目撃者➊ 藤巻健史が見た英ポンド暴落(1992)

平成も残り1カ月半。この約30年間、金融市場は様々な危機やショックに見舞われてきた。激震の平成から何を学び、将来にどう生かすか。危機を目の当たりにしてきた市場関係者に聞いた。シリーズ第1回はモルガン銀行(現JPモルガン・チェース銀行)東京支店長などを務めた藤巻健史フジマキ・ジャパン代表。1992(平成4)年の英ポンド危機を振り返り、市場の調整機能の重要性を強調する。

ソロスファンドの「暴力」と「市場調整機能」

藤巻健史氏

ふじまき・たけし 1974年に三井信託銀行(現三井住友信託銀行)入行。85年にモルガン銀行東京支店に移り、資金為替部長を経て95年に東京支店長(兼日本代表)に就いてディーラーとしても存在感を示す。2000年にはジョージ・ソロス氏のアドバイザーを務めた。その後は企業のアドバイザーやいくつかの大学で教べんをとり、13年から参議院議員

◆欧州通貨メカニズム参加の矛盾を突く

いまでも夢に出るほど後悔しているのが92年、ジョージ・ソロス氏率いるヘッジファンドの激烈な英ポンド売りを指をくわえてみていたことだ。欧州の為替相場メカニズム(ERM)に参加していた英国は多くの矛盾を抱え、ERM離脱とポンド下落は当然の帰結にもかかわらず、ソロスファンドの二大ファンドマネジャーの一人、スタンリー・ドラッケンミラー氏の鬼気迫る動きに追随できなかった。

90年にERMに入った英国はポンドの対ドイツマルク相場の中心レートを1ポンド=2.95マルク、変動幅を6%に収めなければならなかった。つまり1ポンド=2.77マルク以上を維持するとの条件だったが、当時の英国は景気が悪く、ポンドには常に下落圧力がかかっていた。

英中央銀行のイングランド銀行はポンド買いの市場介入で相場を支えようとしたもののらちが明かない。景気が悪いから英国では簡単に利上げできなかったし、ドイツはドイツで根強いインフレ懸念から利下げが難しかった。どちらも金融政策による通貨安定は厳しかったわけで、ドラッケンミラー氏のポンド売り戦略は後から振り返ると非常に論理的だった。市場の調整機能が働けばポンド安や英国のERM離脱は避けられなかったはずなのに、なぜ付いていかなかったのか。

英国は結局ERMを離脱し、そのおかげで通貨安が進み、英経済は回復した。ソロスファンドのとった行動について「市場の暴力」「やりすぎ」といった批判も聞こえてくるが筋違いだ。ひずみが生じたらうまく調整し、結果的に良い方向に進めていく市場の健全性をもっと評価してほしい。

ドラッケンミラー氏とはのちにソロスファンドで一緒になった。ファンドのもう一人の巨人ニック・ロディティ氏がオンとオフをはっきり分けるメリハリの効いた性格だったのに対し、アナリスト出身らしい学究肌の冷徹な雰囲気が印象に残っている。

◆「イングランド銀をつぶした男」の素顔

2000年に加わったソロスファンドでは初めて損失を計上し、あっさりとクビになった。ドラッケンミラー氏からはその後、中東に拠点を置く総額1兆円規模のファンドに誘われたが、自分の全財産の80%をファンドに入れる条件が付いていた。子供が小さかった当時、ファンドと一蓮托生(いちれんたくしょう)の勝負はもうできなかった。自らの一切合切を賭けられないとすればどうすべきか。そのとき、ディーラーをやめようと思った。

ソロス氏は一言で表すなら好々爺(こうこうや)。ヘッジファンドのオーナーには変わり者が多く、例えば相場観などの説明を聞くためだけにわざわざプライベートジェットでニュージーランドからロンドンまで飛んで来たり、引き連れてきたエコノミストの質問を途中で遮ってまったく無関係の話題を始めたり、ディーリングルームの隣に超高級スポーツジムを設立したりなどの奇行の話題には事欠かない。ソロス氏はマーケットセンスはあまりなかったと思うが、人柄に関しては穏やかで好ましかった。

◆異次元緩和は最大の失敗、出口を見いだしにくく

平成最大の失敗は日銀が2013年に導入した異次元の金融緩和政策だろう。2年で2%の物価目標を掲げて国債などの大量購入に踏み切り、伝統的な金融政策は本当の終焉(しゅうえん)を迎えた。

日銀が現在やっているのは財政ファイナンス(財政赤字の穴埋め)そのもの。出口は見いだしにくい。これだけ財政赤字が拡大するなか、物価目標を達成したから緩和をやめると言っても政府はおそらく受け入れないだろう。金利上昇で予算が組めなくなり、財政危機に陥りかねないからだ。

日銀のバランスシート(貸借対照表)は危険水域に入っている。もし当座預金の金利を引き上げれば支払利息が増える半面、資産のほとんどを占めるのは金利が低く残存期間の長い国債のため、損失が膨らんで債務超過に陥りかねない。

ドイツが第2次世界大戦で敗れた後、中央銀行がドイツ帝国銀行(ライヒスバンク)からドイツ連邦銀行(ブンデスバンク)に移った例はあるが、平時ではない。日本が平時に中銀が変わる初めてのケースにならないかと心配している。

1つアイデアがある。日銀が米連邦準備理事会(FRB)の保有する米国債を直接買い取ることだ。日本経済が低迷している要因の1つは外国為替市場での円高傾向だ。半面でFRBは現在、保有米債を売却しバランスシートを縮めている最中で利害は一致する。為替介入とみなされずに行き過ぎた円高を食い止める方法はいくらでも存在する。

◆「飛ばし」「問題先送り」体質変わらず

市場の健全性を測るにはそのときそのときのリスクをきちんと計量化できる仕組みが必要だ。具体的にいえば時価会計。リーマン・ショックなど次々と訪れた危機でいつも米国の経済の立ち直りが日本よりも早かったのは時価会計を徹底し、潜在リスクの有無の把握がスムーズに進んだからではないか。

時価会計なら損失は昨日と今日の差でしかない。ところが日本ではまだ簿価会計の部分が少なくない。もしここで時価会計に変え、損失を出すと過去のことも含めてすべて自分のせいになるので、損切りがなかなかできない。だから「飛ばし」が発生する。古くは山一証券を破綻させた問題先送りの悪弊はすぐには改善しないだろう。

日本でもし物価目標の2%がみえてくると金利の先高観が強まり、財政破綻は近づく。市場では「日本は対外資産が巨額なのですぐには財政破綻しない」との声ばかりだが、資産のほとんどは政府のものではない。インフレ率が急上昇する「ハイパーインフレ」が起これば政府債務は相対的に減るが、国民に負担を強いることになる。日銀による巨額の日本国債の購入は財政破綻リスクをまさに「飛ばし」ているだけだ。

=聞き手は日経QUICKニュース(NQN)菊池亜矢

=随時掲載


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