日経QUICKニュース(NQN)香港=柘植康文
香港取引所が11日、英ロンドン証券取引所(LSE)グループに買収を提案したと発表した。総額296億ポンド(約3兆9400億円)でLSEの全株式の取得を目指す。新規上場企業の誘致などで世界の取引所間で競争が激化しているのに加え、反政府デモの長期化で香港の金融センターとしての地位も揺らいでいる。買収により中国と欧米の市場を結ぶ役割の強化を図るが、統合実現に向けたハードルは高そうだ。
「LSEにずっと憧れていた。両社は企業版のロミオとジュリエットのような関係だ」
「世界の東と西を結び、顧客にイノベーションや取引の機会を提供できるようになる」
李小加最高経営責任者(CEO)は11日夜の電話会見で今回の提案の意義をこのように強調した。アジアから欧州まで18時間に渡る取引時間帯をカバーできるようにし、中国の金融市場の段階的な開放にあわせて人民元建て金融商品への投資を増やしつつある欧米勢を取り込みたい考えだ。
香港取引所の念頭にあるのが、中国本土と香港での株式相互取引の成功だ。2014年に始まった相互取引は海外投資家にとって困難だった中国本土株への投資を香港経由により容易にし、手数料収入が香港取引所の業績を底上げした。17年には海外勢が香港を通じて中国本土の債券を売買できる「債券通(ボンドコネクト)」も開始した。LSEの買収で欧州の投資家をさらに呼び込み、中国の金融市場への「入り口」としての香港の役割を一段と高める狙いがある。
中国本土の上海・深センの証券取引所との競争も意識している。上海証券取引所がハイテク新興企業向け市場「科創板」の取引を7月から開始したほか、足元では香港デモの激化を受けて中国政府が深センの金融市場の機能強化を打ち出した。成長する中国企業の上場誘致などは中国本土の市場が最大のライバルとあって、香港市場の魅力を高める必要に迫られていた。新規株式公開(IPO)を目指しているサウジアラビアの国有石油会社、サウジアラムコの誘致など世界的な競争を見据えている面もある。
もっとも12日の投資家の反応は冷ややかだ。香港取引所の株価は一時4%近く下落した。香港取引所が提示したLSE株の買い取り価格は10日終値(68.04ポンド)に約23%上乗せしており、19年のPER(株価収益率)で40倍超に相当する。光大新鴻基の温傑ストラテジストは「買収が実現しても短期的な相乗効果は限られる」とし、「割高な買収価格が嫌気されそうだ」と語る。
今回の買収の実現に懐疑的な見方も多い。LSEは8月初めに金融情報会社リフィニティブ・ホールディングスを総額約3兆円で買収すると発表していた。香港取引所はLSE買収の条件として、LSEがリフィニティブの買収を取りやめることをあげた。一方、LSEは11日に、「香港取引所の提案を検討し、適時に追加の開示をする」としながら、「リフィニティブの買収を実行に移す姿勢は変わらない」との声明を出した。
香港取引所は2012年にロンドン金属取引所(LME)を買収した。ただ、LSEに対しては16~17年にかけてドイツ取引所や米インターコンチネンタル取引所(ICE)が買収に乗り出したが、いずれも実現しなかった。格付け大手フィッチ・レーティングスは「世界の規制当局は金融市場インフラの競争環境に懸念を強めている」として、「香港取引所によるLSEの買収は、LSEによるリフィニティブの買収よりも規制当局の反対に直面しそうだ」と予想した。
香港政府は香港取引所株の約5%を保有する大株主だ。最近では「逃亡犯条例」改正案を巡る抗議活動を巡って英政府高官が中国政府の介入をけん制し、中国側が反発する一幕があった。香港への中国政府の影響が強まっていることに欧米で警戒感が広がるなか、英国の規制当局や政界が取引所の合併提案に難色を示す可能性もある。
電話会見で李CEOが例えに使ったロミオとジュリエットの物語の結末は悲劇的だ。香港取引所のLSEに対する「求婚」も、成就するかどうかの不透明感は拭えない。
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