日経QUICKニュース(NQN)=須永太一朗
ニューヨーク原油先物相場が史上初のマイナス価格を付けてから20日で1カ月を迎える。原油需給の急変が一時的な波乱を招いた世界の金融・資本市場も、いったんは落ち着きを取り戻した。だが新型コロナウイルスの感染拡大の影響は尾を引くとみられ、マーケットの混乱が完全に収束するにはなお時間がかかりそうだ。
■駆け込み的な売りが出るムードはない
ニューヨーク・マーカンタイル取引所(NYMEX)に上場するWTI(ウエスト・テキサス・インターミディエート)原油先物で当時の期近物だった5月物がマイナス価格に沈んだのは4月20日。現在の期近物である6月物は5月15日時点で、4月20日に比べ44%上昇した。日本時間のきょう18日には一時、節目となる1バレル30ドルを約2カ月ぶりに上回った。あす19日に最終売買日を迎えるが、5月物の時のような駆け込み的な売りが出るムードはない。
原油を対象とする上場投資信託(ETF)の変動率の大きさを示し、原油版「恐怖指数」とも呼ばれるOVXは期間中に66%低下した。高いほど投資家の先行きに対する不安を示すだけに、大幅な低下は原油相場に対する投資家心理の改善を映している。
■原油安は幅広い産業に悪影響
もっとも、視野をもう少し広げると混乱が吹き飛んだとはいいがたい。産油国通貨の代表の1つであるノルウェークローネの対ドル相場は1ドル=10.2クローネ近辺。この1カ月で約2%上昇したとはいえ、原油が急落し始める直前である3月初めの水準には戻っていない。ロシアルーブルの戻りも3%程度にとどまる。
日経平均株価や米ダウ工業株30種平均の上昇率はもっと小さい。ノルウェーは政府系ファンド(SWF)から資金を引き出して財政政策に充てる方針で、同ファンドの保有比率が高い米国や英国、日本の株式相場の押し下げ要因になりそう。ある外資系証券の株式担当者は「今年は産油国のSWFがこぞってグローバル株式を売りに傾く」と身構える。原油急落の傷あとは残っている。
欧州石油最大手の英蘭ロイヤル・ダッチ・シェルは4月末、2020年1~3月期の1株あたり配当を3分の1に減らすと発表した。減配は第2次世界大戦時以来で、株価は2週間で2割近く下がった。19年12月に上場したサウジアラビアの国営石油会社サウジアラムコの株価は、4月以降は反発しているものの、公開価格の32リヤルを下回り続けている。
原油安は「鉄鋼やプラント業界の設備投資を冷え込ませるなど、幅広い産業に悪影響を及ぼす」(ジェフリーズ証券アナリストのファム・タアインハ氏)との指摘もある。運輸業などにとっては燃料コスト減というプラスの要素もあるが、人の移動が制限されている異常事態にあって、需要は一時的に蒸発しており航空大手などは減便が響いている。燃料安の恩恵はかき消されている。
新型コロナウイルス感染の「第2波」への懸念や、感染拡大の責任などを巡る米国と中国との対立の再燃も世界経済に影を落とす。そのなかにあって原油安は、金融市場の波乱要因として今後も意識されそうだ。
■「第2波」に懸念・三菱R&Cの芥田氏
芥田知至・三菱UFJリサーチ&コンサルティング主任研究員
NYMEXのWTI原油で6月物は期近物として約2カ月ぶりに30ドル台を回復した。石油輸出国機構(OPEC)とロシアなど非加盟国で構成する「OPECプラス」が5月から日量970万バレルの協調減産を始めたほか、サウジアラビアは追加の自主減産を表明した。欧米では経済活動再開の動きがみられ、ガソリン消費を中心にエネルギー需要が持ち直すとの期待もある。
期近物は4月に史上初のマイナス価格を付けた。在庫が急速に積み上がり貯蔵タンクの不足が懸念されるなかで、買い手がつかなくなったためだ。前回の経験から学んだ投資家は多いとみられ、マイナス価格は一時的、局所的な現象と捉えている。6月物で再び発生する可能性は低いだろう。
期近物は当面じり高で推移し、年末に向けて40ドル近くまで回復するとみている。足元の上昇ペースの速さや、新型コロナウイルスの感染拡大「第2波」への懸念が上値を抑えそうだ。次の焦点は来月に開かれるOPEC総会やOPECプラス閣僚級会合だ。当初案では7月から減産規模を段階的に縮小するとしている。一方で、現状の規模を維持する案が出ているとの報道もあり、結果が注目される。
■50ドル目指す・楽天の吉田氏 実態とかい離も
吉田哲・楽天証券経済研究所コモディティアナリスト
ニューヨーク原油先物相場は、4月のように期近物がマイナス価格を付ける可能性はない。すでに売買の中心は期先の7月物に移行し、中心限月の移行に時間が掛かった4月とは状況が違う。ETFは期先物に分散投資する運用スタイルに変えており、投機筋も余裕を持って期先に乗り換えたとみている。原油在庫も余剰感はピークアウトし、お金を払って引き取ってもらうほどの切迫感も和らいでいる。
マイナス価格に沈んでから約1カ月経過し、原油需給を取り巻く環境は大きく変化してきた。主要生産国であるサウジアラビアや米国のシェール生産業者などは生産量を減らし、当面は増産を見込みにくい。原油安のきっかけである新型コロナウイルスを巡っては、足元では都市封鎖(ロックダウン)の解除の動きが広がっている。米大統領選を控えてトランプ大統領が再選に向けて原油価格にプラスの対策を打ち出す期待もある。こうした思惑を織り込み、原油先物価格は1バレル50ドルを目指す動きになるだろう。
ただ、いまの原油価格の上昇スピードは実態と乖離(かいり)した動きにも見て取れる。米原油在庫は直近では減少したとはいえ、水準は依然高い。米国で製油所に投入した原油の量は減少傾向が続き、まだ製品需要の回復を示していない。新興国では、新型コロナの感染がなお拡大している。期待先行の上昇だけに、リスク回避の動きが強まるような局面では、下げもきつくなる可能性があるとみている。
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