QUICK ESG研究所はウェブ会議によるジョン・ジェラルド・ラギー氏の講演「ビジネスと人権のいま」とインタビューの動画を公開中( https://www.esg.quick.co.jp/event/1113)だ。ラギー氏は2011年に国連人権理事会で採択された「ビジネスと人権に関する指導原則」を策定したことで知られる。ESG(環境・社会・企業統治)の「S」の課題に対する理解を深めたい方に閲覧をお薦めしたい。
ラギー氏は現在、ハーバード大学ケネディスクール教授で、ESG評価会社Arabesque S-Ray社の親会社アラベスク・グループの取締役も務めている。講演とインタビューは今年4月にウェブ会議によって実施し、モデレーターはQUICK ESG研究所の平井采花が担当した。
■顧客との関係も「ESGのS」
講演を聞いて印象に残ったことが2点ある。第1点は、「ESGのSは人権そのもの」であり、その内容が多岐にわたることだ。ラギー氏がスライドで示した「S」の項目は、労働基準やダイバシティー、個人情報保護にとどまらず、「顧客との関係」「地域社会との関係」「責任あるマーケティングと研究開発」も含まれている。
ラギー氏は南アジアや東南アジアの繊維産業で新型コロナウイルス感染拡大の影響によって顕著になった注文の取り消しや支払い拒否について触れ、「バイヤーがサプライヤーに対して権力を乱用するような取引は公正とは言えない」と主張した。
直観的に注文取り消しや支払い拒否は契約不履行とか債務不履行の問題で今回の局面では不可抗力ではないかと思ったが、「公正な取引」や「公正な契約」というビジネスの基本スタンスが問われるということなのだろう。
折しも6月7日付の日本経済新聞は、新型コロナウイルスの影響で衣料の需要が急減し、欧州のアパレル大手各社がバングラデシュの縫製工場への注文を相次いで取り消したため、バングラデシュが官民一体で国連や有力人権団体に働きかけ、契約の継続や補償を求めている状況を報じた。記事が指摘する「代金は納入後に一括支払いという商慣行」に問題があるようだ。
■サプライチェーンの強さを取り戻すには
講演で印象に残ったもう1点は、これまで当たり前と考えられてきたサプライチェーンの管理について「リーン生産方式やジャストインタイム物流を考え直すべきだ」というラギー氏の問題提起だ。「サプライチェーンの冗長性や強靭性を築く必要があり、公正な契約も課題だ」との見解を示している。
企業は生産工程の無駄をそぎ落として効率を優先してきたが、「コロナ後」にサプライチェーンの強さを取り戻すには、バックアップ体制など将来の危機への備えも考える必要があるということだろう。その際にサプライヤーやその背後にある社会との良好な関係を再構築することも欠かせない。
■危機こそ試される人権尊重の姿勢
「人権には、温室効果ガスでのカーボンオフセットの購入と同じような制度はない。すなわち、慈善活動が人権の侵害を償うことはない」――。講演の最後で紹介されたラギー氏の著書「正しいビジネス 世界が取り組む『多国籍企業と人権』の課題」(東澤靖訳、2014年、岩波書店)を改めて読んで目に留まった一節だ。多国籍企業が慈善活動のほか、雇用創出や技術移転で貢献してきたとしても、ひとたび「人権侵害」につながる行為があれば、それ自体に取り組む責任を負うということだ。
企業は「ビジネスと人権に関する指導原則」に沿って、人権リスクを評価して対応する人権デューデリジェンスという内部統制を実施することが求められている。新型コロナウイルスによる危機にこそ「ESGのS」に取り組む姿勢が試されているといえそうだ。(QUICKリサーチ本部=遠藤大義)