米国を代表する日曜朝の政治ニュース番組、NBCの「ミート・ザ・プラス」。6日の放送で「あなたの票は安全か」と題した特集を組んだ。新型コロナウイルスのパンデミック(疾病の大流行)による健康危機、約2000万人が失業手当を受給する経済危機、警察官による黒人殺害をきっかけに抗議行動が全米に拡大した社会危機。これほど危機が多い中で選挙が実施され、票の安全性が問われるのは極めて異例と言える。
米大統領選までちょうど2カ月となった3日。トランプ大統領の米軍を侮辱した過去の行動が大きく報じられた。米アトランティック誌は、トランプ氏が2018年のフランス訪問時に第1次世界大戦で戦死した米兵を「ルーザー(負け犬)」と呼んだと報じた。同年に首都ワシントンで軍事パレードを計画した際には、戦闘で体の一部を失った退役軍人を「観客が見たくない」として参加させないよう指示したとする記事を編集長のジェフリー・ゴールドバーグ氏の名前で掲載した。
トランプ氏寄りのFOXニュースを含め主要メディアがトランプ氏の発言を確認する続報を伝え、退役軍人や家族による抗議行動が拡大しつつある。民主党大統領候補のバイデン前副大統領は「報道が事実であれば、最低のことだ」と批判。トランプ氏は報道を否定し、民主党の陰謀だと反論した。陰謀説がさらに増えた。
CNNはトランプ氏が9つの陰謀説を主張していると伝えた。富豪の支援を受けた悪党が共和党の全国党大会を妨害したとする陰謀説。新型コロナウイルス感染による死者は統計の6%程度しかいないとの説。郵便投票は不正の温床、さらにはバイデン氏が薬物を使用しているとする陰謀説など。CNNは、トランプ氏がかつてないほど多くの陰謀説を主張していると解説した。
トランプ氏を熱狂的に支持する極右勢力「Qアノン」の存在も状況を複雑にしている。悪魔を崇拝する小児性愛者が世界を牛耳っていて、トランプ大統領が陰謀と闘っていると主張。米ジョージア州の共和党下院予備選ではQアノンに賛同するグリーン氏が勝利。トランプ氏は未来の共和党のスターだと称賛した。
NBCが票の安全性を問う特集を組んだ背景には、数々の陰謀説で多くの票が無効もしくは開票されないリスク、選挙結果が確定しないリスクが高まっていることがある。米ニューヨーク・タイムズ紙は、民主党が選挙当日夜の悪夢シナリオへの対応を検討していると報じた。開票初期の段階でトランプ氏が勝利宣言、郵便投票の開票で数日後にバイデン氏が逆転してもトランプ氏が結果を受け入れないというシナリオだ。投票所の開票が優先され、郵便による票の集計には何日もかかる。
NBCの調査では、共和党支持者の54%が投票所に行くと答え、民主党支持者は71%が郵便で投票すると答えた。11月3日の大統領選まで2カ月弱。トランプ氏の陰謀説主張が収まる兆しはない。
7日のレイバーデーを控えた9月の第1週、ニューヨーク株式市場でテクノロジー株の利益確定売りで相場全体が突然急落した。目立った材料がなかったため相場の行方を不安がる声が聞こえてくる。それ以上に市場関係者が警戒しているのは選挙の結果が判明しないリスクだ。選挙前後に市場のボラティリティ(相場変動)が大きくなるとの見方は少なくない。
(このコラムは原則、毎週1回配信します)
Market Editors 松島 新(まつしま あらた)福井県出身、慶應義塾大学卒。1985年テレビ東京入社、報道局経済部を経てブリュッセル、モスクワ、ニューヨーク支局長を歴任。ソニーを経て2011年からマーケット・エディターズの編集長として米国ロサンゼルスを拠点に情報を発信