9月14日、自民党の第26代総裁が誕生する。菅義偉官房長官が圧倒的に優位に戦いを進めており、石破茂元幹事長、岸田文雄政調会長にとっては、次への挑戦権を確保する戦いなのではないか。
総裁選は、自民党所属国会議員294名が各1票、47都道府県連が各3票を持って行われる。合計535票なので、1回目の投票で268票を得れば、その時点で当選が決まる。
図表:自民党総裁選挙の有権者数
出所:各種報道よりPAMJが作成
自民党には7つの派閥と1つのグループがあるが、二階派(47名)のほか細田派(98名)、麻生派(54名)、竹下派(54名)、石原派(11名)が菅氏支持を表明した。これらの派閥の所属国会議員の数を足すと264名に達する。さらに、無派閥及び谷垣グループに菅長官を支える議員が30名程度いると見られ、同長官は国会議員票だけで300票近くを集め1回目の投票で圧勝する見込みとなった。
石破、岸田両氏は次への期待をつなぐために予備選を行う地方票の獲得に全力を挙げているが、今回の結果によっては将来の総理・総裁候補からも脱落する可能性がある。正に存亡を賭けた戦いと言えるだろう。この自民党総裁選は党内における世代交代の大きな転換点になるかもしれない。
就任直後に解散判断か
「菅政権」が誕生した場合、直面する最大の課題は、衆議院の解散・総選挙にほかならない。過半数確保を勝敗の定義とする場合、自民党が結党された1955年11月15日以来、21回の総選挙のうち、間隔が3年以内だった10回は与党の9勝1敗だった。一方、前回の総選挙から3年超で行われた11回は、与党の3勝8敗だ。つまり、過去の経験則から見ると、与党にとり、解散のインターバルは3年以内が鉄則と言える。来月で2017年10月の総選挙から3年が経過するので、この鉄則に則れば「菅首相」は就任直後に解散権を行使しなければならない。
この法則を補強するのは、内閣支持率の推移だろう。過去10代の政権の支持率を発足時から追うと、うち8代が発足から1年以内に20%台へ落ち込んだ。ここから支持率を回復させたのは唯一、小渕恵三首相だけだ。残りの7人は支持率の低下に耐えきれないか、国政選挙の大敗により短命に終わった。他方、最初の1年間で支持率が50%を割らなかった小泉純一郎、安倍晋三(2回目)両首相は、長期政権を維持している。
新政権を短命に終わらせないためには、早期解散で自民党が勝利し、勢いをつけることが極めて重要だ。そうなると、次の国政選挙は2022年7月の参議院選挙までないため、かなり余裕を持って政権運営に臨める。自民党の鈴木俊一総務会長は、9月6日、BSテレ東の「NIKKEI 日曜サロン」に出演し、早期解散に期待感を示した。
ただ、報道各社のインタビューで菅氏は衆院解散に慎重な姿勢を示し、菅氏を支える二階俊博自民党幹事長も否定的な見解を述べていた。自身の政権で早期解散に踏み切るか、「菅首相」にとっては極めて重要な判断となる。
外交手腕に不安
菅首相を市場はどう受け止めるか。現状を分析すると日本は若年失業率が極めて低く、先進国では稀有なほど若者の政府に対する不満が抑えられている。好景気と少子化の下で新卒者への需要が強いうえ、痛みを伴う構造改革を避け、所得の再分配を進めたためだ。「弱者切り捨て」などと批判されてきた安倍政権だが、この間のジニ係数を計算すると、ほとんど横ばいである。統計的に見れば、メディアで騒がれているほど日本の所得格差は開かなかった。
安倍政権の経済政策は、中道左派と言っても過言ではない。だからこそ、長期政権を維持できたとも言える。ただし、日銀による「異次元の緩和」のサプライズに対する賞味期限が切れると、日本株は外国人にとっても、そして日本人にとっても、残念ながら関心の対象外になったのではないか。
菅氏は安倍政権の原則を継承するのか、それとも変更するのか、まだ不透明だ。ただ、菅氏は自分の派閥を持たず、二階幹事長などの影響力に配慮するとすれば、少なくとも当面、経済政策は財政政策と金融政策に依存した状況が続きそうだ。結果として、日本株が世界を継続的にアウトパフォームする状況は想定し難い。
心配なのは外交だ。安倍首相は外交力に極めて長けており、米国のトランプ大統領、ロシアのプーチン大統領、ドイツのメルケル首相、そして中国の習近平国家主席などから一目置かれる存在だった。菅氏は外交の現場を仕切った経験がほとんどないようだ。首脳の外交力の低下により、通商交渉などで日本が他国に寄り切られるケースが増える可能性は否定できない。
※政治や政策、外交に詳しいストラテジストの市川眞一氏が独自の視点でマーケットを分析する連載を始めます。原則、毎週金曜日に公開します。
ピクテ投信投資顧問シニア・フェロー 市川 眞一
クレディ・スイス証券でチーフ・ストラテジストとして活躍し、小泉内閣で構造改革特区初代評価委員、民主党政権で事業仕分け評価者などを歴任。政治、政策、外交からみたマーケット分析に定評がある。2019年にピクテ投信投資顧問に移籍し情報提供会社のストラテジック・アソシエイツ・ジャパンを立ち上げ。