食品スーパーのライフコーポレーションは新型コロナウイルス禍で注目を集めた企業の1つだ。緊急事態宣言が続く5月半ば、従業員のリフレッシュのために臨時休業日を設けた取り組みにSNS(交流サイト)などから賞賛の声が相次いだ。
新型コロナの感染拡大で企業の従業員に対する姿勢がより重視されるようになっている。社会への影響や企業統治(ガバナンス)を重視するESG投資の判断材料としても注目度は高い。
人材に効率的な投資をする企業は株式リターンが高い。これは証券アナリスト協会による最新の「証券アナリストジャーナル賞」を受賞した論文で示された内容だ。分析したのは日興アセットマネジメントの石川康オルタナティブ運用部長兼グローバル・マルチアセット共同ヘッドとインベストメント・テクノロジー運用部の長谷川恭司クオンツアナリストだ。今回の「Go To ESG」では、石川氏に人材投資と株価の関係について話を聞いた。そこからは常識とは少し違う強い企業の特徴が浮かび上がってきた。
――人材投資の効率性を、どう測りますか。
「従業員を増やした後、増えた費用(人件費)を上回る付加価値を生み出し、労働生産性が向上していれば、人材に対する投資効率が高い企業とみなしている。人材投資効率は従業員の増加率がその後の労働生産性にどう影響するかをみたもので、人材投資効率がプラスであれば、従業員の増加が労働生産性の上昇にプラスに働いたと推定する」
「人材への投資は単に従業員を増やすだけでなく、どの部門に誰を配置するかなど人材マネジメントの要素も含む。人材を投入してその後の企業成長に生かせているかどうかの尺度だ」
――では、労働生産性の定義を教えてください。
「営業利益と減価償却費、人件費の和である付加価値を人件費で割って算出する。少ない人件費で大きな付加価値を生み出せば労働生産性が高く、高い人件費にもかかわらず付加価値が小さければ労働生産性は低くなる。業種別でみると、情報通信や公益は労働生産性が高く、消費や金融は労働生産性が低い傾向にある」
「付加価値が同じなら、人件費が高ければ労働生産性は低くなる。言い換えれば労働生産性が低い企業は、積極的に利益を労働力に配分する企業ともとらえられる。普段から人材への投資が多い企業は、景気がよくなり需要が高まった時に人繰りに困らず、高収益を生み出し対応しやすいという特徴もある。景気は好不況を経ながら、長期的には右肩上がりであるため、労働生産性が低い(労働分配率が高い)企業の株価は市場を上回るパフォーマンスを示す傾向がある」
+ワンポイント————————————-
労働生産性が高い企業:少ない人件費で大きな付加価値を生み出す
低い企業:生み出す付加価値に対して人件費が大きい
一般に労働生産性が高ければ、その時点における企業の収益性は高いと言えます。問題はその実態で、人件費を必要以上に抑えることで労働生産性は上がります。人材投資が過剰なのか、過小なのかを測る尺度が人材の投資効率です。効率的に人材投資する企業が将来に備えて十分に人材投資に利益を還元していると、その時点では労働生産性が低いという、一見すると矛盾した結果になります。
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――2つの要素は株主価値とどう関係しますか。
「我々の検証結果では、労働生産性が低く(労働分配率が高く)、人材投資効率が高い企業が長期的に超過収益を生んだ。逆に労働生産性が高く、人材投資効率が低い企業は超過リターンが顕著にマイナスになった(図参照)」
「がんばって人材投資に利益を配分している企業(労働生産性が低い)は、長期でみると業績を回復しながら超過収益を生んでいた。その中でも、人材をうまく活用できる可能性が高い(人材投資効率が高い)企業ではその傾向が際立っていた」
――今回の論文の意図するところについて教えてください。
「国内の労働力人口は減り、労働生産性は世界的にも低位での推移が見込まれる。労働生産性が低くても、効率的な人材投資ができれば株式のリターンは上昇しやすく、株主価値の向上が期待できる」
+ワンポイント————————————-
実際に人材投資の効果を実証している企業があります。エーザイは2020年の統合報告書で、「人件費投入を1割増やすと5年後のPBR(株価純資産倍率)が13.8%向上する」という自社の研究結果を公表しました。企業価値の担い手への投資である人件費は、人的資本として5年後に企業価値を最大化させるといいます。かみ砕いて言えば、従業員に優しい企業=ホワイト企業の方が、従業員に厳しい企業=ブラック企業よりも、長期的には企業価値が高まるという意味になります。
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「ハイテク企業の成長が著しい米国では無形資産が多くの収益を生み出すことが知られており、非財務情報の価値は上がっている。”人”は無形資産の最たるものだ。人材への効率的な投資で生産性を高められる企業は、企業収益という経済的価値を生み出しながら、雇用の創出という社会的な価値を生み出す。ESGのSの1つの観点にもなり得るだろう」
※(Go To ESG)ではESG投資に関連した話題を原則月1回配信します