(この記事は2020年10月31日に公開したものを再構成しました)
【QUICK Money World 辰巳 華世】株式投資をする以上、利益を出したいと願うのは当然のことです。投資家にとって株価が上がる材料は、喉から手が出るほど知りたい話かもしれません。業績の上方修正やTOB(株式公開買い付け)は、株価の上昇がほぼ間違いありません。そんな甘い話を事前に知ってしまったら・・・あなたはどうしますか?もしも、あなたがその情報公表前にその株式を売買したら、それは違法行為のインサイダー取引になります。
インサイダー取引とは
インサイダー取引とは会社の内部情報(「重要事実」と言います)を知る人が情報公表前に株式の売買を行うことです。例えば、企業の従業員が、社内打ち合わせで上場企業A社をM&A(合併・買収)することを知り、M&Aが公表される前にA社株を購入した。これはインサイダー取引になります。会社内部に居て事前にこっそり知った情報は、一般投資家が公表されて初めて知る情報と比べ不公平です。インサイダー取引が禁止されているのは、証券市場の公平性と健全性を保つためです。
インサイダー取引は、その売買で儲かったか損したかは関係ありません。こっそり知った情報で儲けた場合だけでなく、仮に損をしていても違反となり罰せられます。また、2014年4月からは取引をした人だけでなく、情報を伝えた側の人や、(情報を伝えたか伝えてないかに関わらず)取引を推奨した人も、違反となり刑罰の対象となります。
「情報を伝えた側の人」とは、例えば、会社の関係者が親族などに「決算の業績が良さそうだ」など重要事実を知らせたケースです。重要事実を伝達された側が売買した場合、伝達した側、伝達された側の双方が摘発対象となります。また、「(情報を伝えたか伝えてないかに関わらず)取引を推奨」では、例えば、会社関係者などが「うちの株を買っておくといいよ」などと具体的な情報までは伝えなくても、取引を勧めた場合も対象となります。なお、取引推奨だけの場合は、売買した側は処罰対象から外れます。
インサイダー取引は、金融商品取引法で規制されている違法行為です。違反した場合には、罰金や懲役刑の対象となります。
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「取引推奨」もインサイダー違反、身近に潜むインサイダーのリスク
情報伝達や取引推奨に関するインサイダー取引の摘発は増加傾向にあります。
最近では、ユニー・ファミリーマートホールディングス(HD)とドン・キホーテHD(現パン・パシフィック・インターナショナルHD、7532)との間で実施されたTOB(株式公開買付け)などを巡るインサイダー取引が注目を集めました。旧ドンキHDの当時の社長が知人にドンキHD株の購入を不正に推奨したとして逮捕されています。
インサイダー違反などの情報はドンキ株を巡る話の様に社長など役職の高い人だけであり一般の会社員はあまり関係ないと思う人が居るかもしれません。しかし、インサイダー取引は普通の会社員の間でも起こります。
実際、普通の会社員がゲーム開発をめぐるインサイダー取引で有罪となり、そのインサイダー情報を元に取引をした別の会社員にも課徴金が勧告されています。スクウェア・エニックス・ホールディングス(9684)でゲーム開発を担当していた社員が同社が「ファイナルファンタジー」の関連商品をエイチーム(3662)と共同開発し、配信可能の段階まで開発が進捗している事実を業務を通じて知り、その事実を利益を得させる目的で知人に伝達し、その知人がその情報を元にエイチーム株を売買をしたインサイダー取引です。知人の会社員は1100万円ほどの自己資金で280万円ほどの利益を得ていたとのことです。課徴金は492万円の勧告です。
この様に普通の会社員であっても業務を通じて、株価に影響を与える様な重要事実を知りうることは日常的にあり得ます。自分が株取引をしている場合、インサイダー取引になるかの判断は、証券市場の公平性と健全性を保つというインサイダー取引規制の趣旨を踏まえ、「この取引がアンフェアかどうか」を考えれば回避することができます。
一方、14年4月施行の改正金融商品取引法で、インサイダー取引で「情報伝達行為」や「取引推奨行為」が禁じられたことで、株取引をしない人でもインサイダー取引に関して意識を持つことが大切になっています。特に会社の役員や内部情報を取り扱う経営企画や財務部門の社員などは、株取引を勧めたりする発言にはより一層の注意が必要と言えます。今の時代では、株式取引をするか否かに関係なく、インサイダー取引について知ることが重要です。
証券取引等監視委員会事務局が令和5年6月に公表した「令和4年度金融商品取引法における課徴金事例集~不公正取引編」によるとインサイダー情報の伝達が最も行われやすいのは「会食」の場面とのことです。友人、同僚、取引先、知人等いずれの間でも「会食」が最も行われやすいようです。
気心の知れた人と飲食を伴う会食の場面では、つい気が緩んでしまう傾向が高まります。本人は、インサイダー情報を伝えたつもりははくても、それを聞いた人がその情報を元に売買すればインサイダー取引に該当する可能性はあり調査対象となり得ます。インサイダー情報に接する立場にある人は、役職に関係なく誰でも、常日頃から情報管理の重要性を意識することが大切です。
インサイダー取引規制に違反した場合の罰則
インサイダー取引は重罪です。違反をすると、刑事罰では5年以下の懲役もしくは500万円以下の罰金またはこれら両方が科せられます。法人の場合は5億円以下の罰金が科せられます。課徴金では違反者の経済的利益相当額が科せられます。刑事罰と課徴金、両方科せられることがありますし、刑事罰はなく、課徴金が科せられるケースもあります。
<インサイダー取引規制違反の罰則>
- 5年以下の「懲役」もしくは500万円以下の「罰金」、またはその両方
- 法人の業務・財産に関する場合、5億円以下の「罰金」
- 「財産の没収」:購入額2000万円、売却額3000万円、不正利益1000万円の場合、元手の購入金額含む3000万円を没収
- 「課徴金」として利益相当額を納付:実際の売却(購入)株価と、情報公表後2週間の最高(安)値の差額
しかし、刑事罰がない場合があるならと軽く考えてはいけません。インサイダー取引の多くは業務で知った情報をもとに株式売買をしているので、その事実確認のために会社内や取引先にも捜査の手は入ります。インサイダー取引の事実は勤務先などに必ず伝わります。就業規則から解雇される可能性は高く、周囲の目も含め、社会的制裁は厳しいものになります。
インサイダー取引の対象者――家族や退職者も対象、持株会は?
インサイダー取引の対象者は大きく分けて2つあります。一つは、「会社関係者」です。もう一つは「情報受領者」です。
会社関係者は、役員や従業員だけでなくパートやアルバイト、派遣社員、グループ会社の役職員、退職後1年以内の元役職員も含みます。法令に基づく権限を有する公務員や、契約を締結している取引先の役職員、会計監査をする会計士、顧問弁護士、増資の際の元引受証券会社、3%以上の大株主なども対象となります。
<会社関係者の一覧>
会社関係者 |
上場会社等の役職員(雇用形態は問わない、グループ会社の役職員も対象) |
退職後、1年以内の元役職員 | |
契約を締結している取引先 | |
3%以上保有している大株主 | |
法令に基づく権限を有する公務員 | |
会計監査をする会計士 | |
顧問弁護士 | |
増資の際の元引受証券会社 | |
等々… |
情報受領者は、会社関係者を通じて直接、情報を知った人のことです。会社の従業員がこっそり知った情報を、家族、恋人、友人などに話し、それを聞いた人が情報公表前に売買をすればインサイダー取引となります。このように、会社内部の人でない場合も対象となるので注意が必要です。
情報受領者の対象者は会社関係者から直接、情報を聞いた人ですが、例外があるので注意してください。情報受領者から職務上、情報を聞いた同一企業の他の役職員を第二次情報受領者といい、インサイダー取引の対象となります。たとえば、企業に取材したアナリストや記者から報告を受けた上司が、第二次情報受領者に当たります。
自社株の購入も、もちろんインサイダー取引の対象ですが、従業員持株会のように、一定の計画に従い毎月行う定時定額の買付け(各役員・従業員の1回あたりの拠出額が100万円未満)は適用除外となります。もっとも、情報を知りつつ、拠出額を増やしたり、新規に持株会に加入したりすれば、インサイダー取引となります。
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インサイダー取引の用語
インサイダー取引は、会社関係者や情報受領者などの対象者が、上場会社の業務などに関する「重要事実」を知り、その情報が公表される前に株式を売買することです。
重要事実とは、インサイダー情報とも呼ばれ、企業の株価の動きに影響を与えるような情報のことをいいます。重要事実は、「決定事実」、「発生事実」、「決算情報」、「バスケット条項」、「子会社に関する重要事実」の5つに分類されています。一つずつ見ていきましょう。
「決定事実」
会社が「行うことを決定したこと」、または「行わないことを決定したこと」を指します。具体的には、新株の発行や資本金の額の減少、自己株式取得、株式分割、合併、剰余金の配当、株式交換、事業譲渡、業務提携、新製品や新技術の事業化、破産・再生手続きの開始などがあります。
「発生事実」
会社の意思に関係なく起こってしまった事になります。例えば災害による損失や主要株主の異動、上場廃止、訴訟、行政処分などです。
「決算情報」
新しい予測値や直近の予想と比べて増減10%以上だった場合の情報です。売上高や営業利益、純利益など業績予想の修正や配当予想の修正などです。
「バスケット条項」
「決定事実」、「発生事実」、「決算情報」のほか、企業の運営、業務、財産に関しての重要な事実で、「投資者の投資判断に著しい影響を及ぼすもの」を指します。
バスケット条項は、2017年3月に旭化成の子会社・旭化成建材の社員がしたインサイダー取引で初めて適用されました。この社員は打ち合わせで旭化成建材が施工した杭工事にデータの転用・加筆があったことを知り、保有していた旭化成株の一部を売却しました。
バスケット条項は、決定事実などの他の重要事実と比べ具体的な該当項目は示されていません。しかし、証券取引等監視委員会は、杭工事のデータ転用・加筆を「投資判断に著しい影響を及ぼすもの」とみなしバスケット条項によってこの売買をインサイダー取引としました。
「子会社に関する重要事実」
子会社の情報であっても投資判断に重要な影響を及ぼすものを重要事実としています。
<重要事実の一覧>
重要事実 | 決定事実 | 株式発行、分割、業務提携など |
発生事実 | 災害による損失、上場廃止、訴訟など | |
決算情報 | 業績予想、配当予想の修正 | |
バスケット条項 | その他、投資判断に著しい影響を及ぼすもの | |
子会社に関する重要事実 | 子会社に関する上記事項 |
「公表」はいつから?
以上の「重要事実」を知りながら、公表前に株式を売買することはインサイダー取引となり違反となります。上場会社の役員や従業員は、事前に重要事実を知る機会が多いです。
会社関係者であっても重要事実について公表された後であれば、株式の売買をしても問題はありません。何をもって「公表」なのかは決まっています。下記のように定義されており、どれか一つ該当すれば公表済みの情報となります。
- 2以上の報道機関に対して公開され、12時間経過したこと
- 東証が運営するTDnet等による公衆の縦覧に供されたこと
- 有価証券届出書等に記載し、公衆の縦覧に供されたこと
インサイダー取引の事例
事例1
A社の役員は、A社がB社と業務提携し第三者割当増資による新株式の発行をする決定を知りながら、公表前にA社株を買い付け、公表後に売却した。A社役員が違反行為者。
事例2
C社の社員は、職務の中で業績予想が上方修正されることを知り、知人に利益を得させる目的で伝え知人がC社株を公表前に買い付け公表後に売却した。社員、知人とも違反行為者(なお、上方修正の情報そのものを伝えていなくても、「上がりそうだから買うとよい」と推奨した場合、推奨した社員は違反行為者となります)。
(※事例2について、2022年1月4日に一部記載を修正)
事例3
D社の社員二人は、職務の中で、D社が製品の値引き販売を隠蔽し売上高を過大に計上していたことを知りながら、公表前にD社株を売り付けた。社員二人とも違反行為者。
事例4
E社役員は、E社がF社にTOBすることを取引先であるG社の役員に職務上伝達した。G社役員は業務上G社の別の役員にTOBを伝え、G社の別の役員が親族名義で公表前にF社株を買い付け、公表後に売却した。G社の別の役員が違反行為者。
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インサイダー取引がバレる理由は?どこから発覚?
インサイダー取引は大きく分けて2つの理由からバレます。一つは日本証券取引所自主規制法人による監視と調査から、もう一つは内部告発です。
日本証券取引所自主規制法人は、インサイダー取引がないか市場を監視しています。重要事実が発表された全ての銘柄を対象に、日々の売買動向の分析をし、疑わしい取引があった場合には全て証券取引等監視委員会に報告をしています。この取り組みを「売買審査」と呼びます。具体的には重要事実が公表された銘柄を抽出し、投資者の属性情報や売買状況などの詳細な分析をします。証券会社に売買委託者の注文データの提供を依頼し、会社関係者の有無や重要事実の公表から見てタイミングの良い取り引きがないかなど細かな調査と分析をします。そうしてインサイダー取引の疑いがある取引を絞り込んでいきます。
もう一つは内部告発です。証券取引等監視委員会は「情報提供窓口」を開設しており、市場での不正が疑われる情報や投資者保護上問題がある情報を持っている人からの情報提供を受け付けています。2022年度には6713件の情報提供があり、不公正取引の疑いのある取引等について1,065件の審査を実施しました。情報提供窓口は、インターネット、電話、郵送、FAXで受け付けています。
インサイダー取引に関する課徴金納付命令勧告件数の推移
(出所:証券取引等監視委員会)
インサイダー取引をしないためのポイント
個人がインサイダー取引をしないためには、インサイダー取引規制の十分な理解が必要です。重要事実を知っているのか、その重要事実は公表されているのか?自分でチェックしていくことが何より大切です。インサイダー取引になるかの判断は、証券市場の公平性と健全性を保つというインサイダー取引規制の趣旨を踏まえ、「この取引がアンフェアかどうか」を考えれば回避することができます。
上場会社など多くの企業では自社で社内ルールを設けています。株式の取引をする際は、必ず社内規則に従って取引することが求められます。株取引だけでなく情報管理についても社内ルールに従って管理しましょう。自分の株式取引の際だけでなく、家族や友人にインサイダー取引のきっかけを与えないように気をつけることも大切です。
まとめ
インサイダー取引は社員だけでなくパートやアルバイトも対象者です。会社関係者から情報を聞いてしまった家族、恋人、友人なども対象者になるので、意外と自分も対象となる可能性があります。重要事実を知ってしまったら、その情報が公表されるまでは株式取引をしてはいけません。インサイダー取引にはご注意下さい。
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