【NQNニューヨーク 張間正義】米大統領選の投開票当日、11月3日の米金融市場では、米大統領選と上下両院選のすべてで民主党が勝利する「ブルーウエーブ」を期待する形で株高と金利上昇(債券価格は下落)が起きた。「リスクオン」の動きで、低格付け債(ハイイールド債)から資金が流出し、危機の兆候を知らせていた「炭鉱のカナリア」による懸念はかき消されたかのようだ。
■「短期的な資金流出には市場も慣れてきた」
3日のニューヨーク債券市場で米長期金利の指標である10年物国債利回りは前日比0.06%高い(価格は安い)0.90%で終え、6月5日以来、5カ月ぶりの水準に上昇した。「投資家は一斉に債券を売って、株の持ち高を増やした」(BMOキャピタル・マーケッツのイアン・リンジェン氏)。世論調査では民主党候補バイデン前副大統領の優勢が伝えられる。ブルーウエーブの実現で来年1月の新政権発足後に「2兆ドル超の追加経済対策が早期に成立する」との見方から、国債の増発懸念による売りが膨らんだ。
フライングでブルーウエーブを織り込みにいく動きは、炭鉱のカナリアが発していたリスクオフの予兆をかき消した。米運用最大手ブラックロックが米国のハイイールド債で運用する上場投資信託(ETF)としては資産規模が世界最大の「iシェアーズ・iボックス・米ドル建てハイイールド社債」からは10月30日までの1週間で約37億ドルの資金が流出。1週間の流出額としては新型コロナウイルスで金融市場が混乱し始めた2月下旬に匹敵する規模だった。
2月と9月の下旬にも同ETFから大規模な資金流出が発生する局面があった。炭鉱のカナリアは3月と10月の米株式相場の大幅下落を示唆していたともとらえられる。今回のハイイールド債からの資金流出は投資家心理にも影を落とす。
ただ、「短期的な資金流出には市場も慣れてきた」(米国債トレーダー)という。8カ月ぶりの大規模流出にもかかわらず、同ETFは先週は1.1%しか下落しなかった。2月と9月の資金流出の発生した週と比べても下落率は軽微にとどまる。しかも、過去2回の流出局面はともに1週間程度で終わり、その後は再び流入に転じた。先週の流出についても「長期金利の水準が上がったことによる自然な動きで、市場の流動性に影響するものではない」(JPモルガン)。
実際、バンク・オブ・アメリカが算出するハイイールド債と米国債のスプレッドは5%台前半と11%まで拡大した3月後半の半分だ。5%台後半だった9月後半と比べても低く、新型コロナの感染拡大前の1~2月の4%前後に比べ、やや高いといえる程度だ。
■FRBへの追加緩和圧力はなくなる
米連邦準備理事会(FRB)は新型コロナ対応で低格付け債を購入する仕組みを整えた。企業倒産の増加など混乱時には購入量を積み増し、信用リスクの高まりを抑える。FRBの強権的な緩和政策で、3月のような低格付け社債の金利急上昇は起きにくいことも市場は認識している。
ブルーウエーブの誕生となれば、トランプ政権時のようなFRBへの追加緩和のプレッシャーはなくなる。一方、実体経済の回復を伴わない時期尚早の金利上昇には歯止めをかけるFRBの姿勢は鮮明だ。「実質金利のマイナス状態を長期化し、ドル安による景気浮揚策を続ける」(エバコアISIのデニス・デバッシャー氏)。
バイデン政権は再生可能エネルギーなど環境インフラに2兆ドルの投資を公約に掲げる。すべて実現すれば経済対策との合計で4兆ドルを超える規模だ。その場合、FRBは政権からのプレッシャーがなくとも、自発的に金融緩和のポリシーミックス(政策協調)を強化することで、長期金利は1%を大きく上回ることはないとの認識が市場で根付いている。