筆者の出身地であるカリフォルニア州を襲った破壊的な森林火災は、多くの人に気候変動危機の現実に目を向けさせる警告となっている。だが、これと並行して同州や世界の多くの地域で進行しつつあるもう1つの危機がある。それは「水危機」である。
森林火災の後に残った何千トンもの灰は、カリフォルニア州で供給される水の質を著しく脅かしており、その脅威は強まりつつある。そのため、安全で清潔な飲料水を得られなくなる州民がさらに増える恐れもある。かなりの木々がひどく焼け焦げているため森林の再生は難しく、水循環における重要な役割をほとんど果たせなくなっている。その結果、積雪量の減少、流出水量の増加、土壌の撥水性の上昇を招き、利用可能な淡水の減少につながりかねない。そして最近の研究によると、2000年以降カリフォルニア州は過去1200年で最悪の大干ばつに見舞われており、それが危機をさらに増幅させている可能性がある。
こうした迫りくる脅威は日ごとに拡大しているが、人命を脅かす破壊的な気候災害によって深刻化する水への影響は様々あり、これらはその一部に過ぎない。また、これはカリフォルニア州だけの問題ではない。多くのコミュニティは気候変動、人口増加、農薬汚染が水に及ぼす影響にさらされており、水へのアクセスと水質の問題を悪化させている。カリフォルニア州が森林火災に見舞われる一方、地球の裏側に位置する南スーダンでは数ヵ月間続いた豪雨によってナイル川が全域にわたり氾濫し、60万人を超える人々が避難を余儀なくされた。
国連は、水へのアクセスと持続可能な水管理をめぐる現状は、持続可能な開発目標(SDGs)の目標6で掲げたレベルから「驚くほどかけ離れている」としている。さらに、2030年までに世界の水の需要量は供給量を56%上回るとする科学者の予測も発表されている。
朗報は、これらの脅威が広く認識され、予測可能であり、多くの場合は回避可能であることだ。そして大手の機関投資家や民間銀行は、この危機的状況を好転させ、その影響を和らげるために必要な企業行動を促す役割を担っている。
我々Ceresがオランダ政府と共同で過去に例のないタスクフォースValuing Water Finance Task Forceを発足させた理由もここにある。タスクフォースのメンバーには世界のアセットマネジャーや金融機関が名を連ね、大きな影響力を持つ。企業の業務慣行が水の供給に幅広い悪影響を与えている現状や、そのうち最も深刻で体系的な影響に関わっている業界について、資本市場の参加者に注意喚起することを目指す。
投資家は水危機が運用ポートフォリオにもたらすリスクについて懸念を強めているが、その理由は明白だろう。Ceresの独自調査によると、米国の4大株価指標の構成銘柄である上場企業の少なくとも50%は、水に関するリスク(カリフォルニア州のような状況下で生じるリスク)が中程度または高い業界に属していることがわかった。米国では、全業界のほぼ半数が事実上深刻な水関連リスクに直面していることになる。
水危機の影響を真っ先に受けるのは、世界全体で5兆ドルの時価総額を持つ食品・農業関連セクターである。このセクターで使われる真水の量は世界供給量の70%を占めているからだ。水不足の深刻化と農業生産の不安定化が進むことで真っ先に経済的な打撃を受ける業界の1つは食品・飲料会社とその投資家だろう。水不足は農業のサプライチェーンの急停止や商品価格の高騰を招きかねない。希少になった水資源をめぐり、企業とコミュニティの争奪戦が生じる恐れもある。実際に、既にこうした動きは散見されている。
よって投資家は、エネルギーおよび輸送関連の最大手企業に対して気候変動リスクに関するエンゲージメントを行うのと同様に、水不足や水質汚染がもたらすリスクの増大に直面する企業もエンゲージメントの対象にすべきである。Ceresが主導する投資家イニシアチブInvestor Water Hubは投資家のそうした活動をサポートしている。
それでも、投資家による取り組みがなかなか広がらないのはなぜだろうか?
中には行動を起こした投資家もいる。ここ数週間も、著名な企業のいくつかが投資家の求めに応じるかたちでウォーター・スチュワードシップ(水資源保護への責任)に取り組む方針を発表したが、水危機は目もくらむようなスピードで進行しつつある。Ceresが35を超える投資家に水リスクについて質問したところ、その回答から複数の大きな障壁が浮かび上がってきた。
水リスクについては幅広い科学的・学術的調査が行われているが、水リスクがもたらす影響の大きさ、関連する業界、淡水に最も深刻な影響を及ぼす具体的な業務慣行について、投資家向けにわかりやすくまとめた報告書を発表した機関などは今のところない。Ceresのタスクフォースが掲げる重要な目標の1つは、水リスクを正しく評価するために、産業界はいかに業務慣行を変えるべきかを明示した大胆な見通しを策定し、発表することである。その内容は最先端の科学、実態調査、ウォーター・スチュワードシップのベストプラクティスに基づくものとなる。これを基盤に、投資家や金融機関が参加するより大規模なマルチステークホルダー・イニシアチブを構築する計画である。
特に現下のような状況では、気候変動と水危機の両方を想定して将来への体制づくりを進めることは難しい。それでも、より多くの投資家や金融機関が水資源の評価と保護に向けた取り組みに参加することを期待したい。それぞれが協力することで、水資源の正しい評価に基づいて長期にわたる強靭な水システムを構築し、次世代も安全で清潔な飲料水へのアクセスが可能になる。
※本稿は、レスポンシブル・インベスター(Responsible Investor)の掲載記事をQUICK ESG研究所が翻訳、編集したものです。同社は、ロンドンに拠点を置く、世界の機関投資家に向けた責任投資、ESG、サステナブル・ファイナンスを専門的に取り扱うニュースメディアです。
<金融用語>
SDGsとは
SDGsとは、Sustainable Development Goals (持続可能な開発目標)の略称。17のゴールと169のターゲットから構成される世界共通の目標で、地球上の誰一人として取り残さない平和で豊かな社会の実現を目指す取り組みのこと。貧困や飢餓、福祉や教育、人権、環境、エネルギー、経済的不平等など国際社会の包括的な課題解決に向けて、すべての国連加盟国が行動を起こすことが求められている。2015年9月の国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」に盛り込まれた。