【NQNニューヨーク 張間正義】12月24日のニューヨーク債券市場で米長期金利の指標である10年物国債利回りは前日比0.02%低い(価格は高い)0.92%で終えた。クリスマス週で市場参加者が減るなか、米金融市場の関心が集まるのは南部ジョージア州で年明け早々に実施される上院選の決選投票だ。「ジョージア・リスク」に身構えている。
■「ブルーウエーブ」のリスクシナリオ
新型コロナウイルスのワクチン普及による経済活動の正常化期待などで市場参加者の予想物価上昇率(BEI)は1.9%台後半と、1年半ぶりの高水準だ。「BEIの高止まりが長期金利を下げづらくしている」(米国債トレーダー)。一方、来週に見込まれる年金基金などの運用資産の期末リバランス(配分調整)の中心は「株売り・債券買い」になるとされ、需給的には年内いっぱいは金利は上がりにくい。
関心が高まっているジョージア州の決選投票は2021年1月5日に実施される。11月の米大統領選と同時に実施された上院選では、定数100議席のうち非改選を含めて共和党が50議席、民主党が48議席(無所属含む)を確保した。決選投票は残る2議席を争う。共和党が少なくとも1議席を獲得し、過半数を維持するとの予想がメインシナリオだ。一方、2議席とも民主党が獲得すれば、上下両院と大統領を民主党が制する「ブルーウエーブ」となり、こちらがリスクシナリオと定義されている。
米国の賭けサイトでは3割程度の確率でブルーウエーブを見込んでおり、決選投票への持ち越しが決まった11月中旬に比べ、当初の想定ほど共和党が有利ではない状況だ。民主党に有利に働くとされる期日前投票も増えており、「タイトレースになる」(米国野村証券の雨宮愛知氏)と市場もリスクシナリオへの警戒を高める。
ブルーウエーブとなった場合、来年1月に発足するバイデン政権の初の経済対策が大規模になるとの思惑が強まる。12月に可決した9000億ドルの追加対策では失業給付の特例加算などは来年3月に切れる。そのため、同時期に再び追加の経済対策が必要とみる市場参加者は多い。ブルーウエーブの場合、追加対策は少なくとも1兆ドル規模に膨らみそうだ。一方、メインシナリオでは小規模なものにとどまる。
■FRBが「金利上昇を抑えにかかる」
再び1兆ドル規模の追加対策が実施される場合、国債増発に伴う金利上昇懸念は高まるが、米連邦準備理事会(FRB)は長期金利の急上昇が景気に与える悪影響を重視する。FRBが「迅速に金利上昇を抑えにかかる」(BMOキャピタル・マーケッツのイアン・リンジェン氏)ため、金利上昇が長引くことへの懸念はそれほど高くない。
FRBが政策判断で重視する個人消費支出(PCE)物価指数のディスインフレ(物価上昇の鈍化)は強くなっている。21年前半は指数に占めるウエートの高い持ち家の帰属家賃を含む住居費の大幅下落が一段とディスインフレを進めそうで、物価押し上げを狙うFRBは金利を抑え込みにかかるだろう。「米長期金利は1%前後」という目線で、米国債の買い手として存在感をみせつける日本の機関投資家の買いが集まることも予想される。
一方、バイデン政権での初の経済対策の規模は大きくなる。大手資産運用会社ブラックロックは21年の相場テーマに「より多額の財政赤字、FRBの一段の介入」を挙げ、金融・資本市場のリスク選好が強まるとみる。ブルーウエーブのリスクシナリオが実現した場合、そのテーマは早々に実現することになる。
<金融用語>
BEIとは
BEIとは、市場が推測する期待インフレ率を示す指標のこと。英語表記(Break Even Inflation rate)を略して「BEI」とも呼ばれる。物価連動国債の売買参加者が予測する今後最大10年間(物価連動国債の残存期間次第で10年未満になる場合がある)における年平均物価上昇率を示す。ここでの物価変動はコアCPIと呼ばれる「全国消費者物価指数(生鮮食品を除く総合指数)」を基準とする。 物価連動国債の利回りを実質金利と呼び、実質金利と長期金利(長期固定利付国債利回り)の間には理論的に「期待インフレ率≒長期金利-実質金利」という関係が成立する。実質金利は物価連動国債の市場価格から計算できるので、同年限の長期金利と対比することにより、期待インフレ率を逆算推計することが可能となっている。 ただし、実質金利に対応する物価連動国債の市場価格は、期待インフレ率以外の要因として需給関係や流動性などのリスクプレミアムの影響を少なからず受けるとの考え方が通説となっている。