Shibusawa & Company
代表取締役 渋澤 健 氏
【QUICK Market Eyes 池谷信久】日本には明治維新以降繰り返してきた「30年の破壊」と「30年の繁栄」という周期性があり、現在は新しい時代に入り始めていると思っています。史上最大級のパンデミックはいずれ終息します。その時日本はどのように生まれ変わっているのか。菅政権が成長戦略として打ち上げたDX(デジタル・トランスフォーメーション)および「2050年カーボン・ニュートラル宣言」が社会にどう浸透するかが新しい時代の試金石となるでしょう。
■DX ― デモグラフィック・トランスフォーメーション
DXの本質は、実は「デジタル化」そのものではありません。情報をデジタル化すること(D)とともに、それを活用するマインドセット(X)と一体となることが重要です。仮に情報がデジタル化されていても、既得権益がその活用を阻んで抵抗するようでは、DXが日本の新しい時代を切り開くことはできません。
そういう意味では、私たちが期待すべきDXとは実は「デジタル・トランスフォーメーション」ではなく、「デモグラフィック・トランスフォーメーション」かもしれません。2020年以降の日本の人口動態推計によると、全国で世代交代が日本社会が今まで体験したことない速度と規模で進みます。実は、このように社会の新陳代謝が著しく高まることが、これからの「繁栄の時代」のドライバーとなる可能性を示唆しています。
日本を新しい時代へとトランスフォーメーションさせる主役は、まさに「デジタル・ネイティブ」と言われている若手です。カーボン・ニュートラルが目標とされている2050年に、現在の30代は60代になっています。20代は50代、10代は40代です。この世代が、日本の今後30年間における社会の主役であることは明らかです。これからの日本の少子高齢化社会において彼らは少数であるからこそ、自分たちの新しい時代の価値観に基づく創造力を活かして、のびのびと仕事ができるという逆の発想の側面もあるはずです。
私は今年還暦を迎えますが、まだこれから30年間は働くつもりです。日本が今後の30年に再び「繁栄の時代」を築くためには、健康で意欲的に働いている高齢者層の存在が不可欠です。しかし、過去の日本社会の「繁栄」を体験している我々世代は、時代のトランスフォーメーションの抵抗勢力となってはならない。むしろ今までの時代の成功体験の本質的な意味を、次世代の成功体験へとつなげる「トランスレーション」の役割があります。
■三つの矢
企業の存在意義は「利益の最大化」だという、これまでの成功体験の延長上線では、「脱炭素」は企業にとっての費用にほかなりません。しかし現在は、企業の存在意義とは「価値の最大化」へと思考が進化している過程だと思います。その「価値」とは、単年度の短期的な価値のみに囚われることなく、世代を超える持続可能なウェルビーイングな価値創造でありましょう。「脱炭素社会は世代間闘争」という声も聞こえてきます。しかし、脱炭素社会とは「か」ではなく、「と」の関係であることが本質です。世代間の体験、智恵、意欲を合わせなければ、新しい価値の成長を築くことはできません。
素人ながら、2050年カーボン・ニュートラルを実現させるためには三つの矢が必要だと考えます。①カーボン排出抑制の技術、②カーボン・リサイクルの技術、そして③カーボン・オフセットの制度です。①と②のコストダウンには、開発研究のための投資資金と時間がかかりますが、ここがまさに新たな成長の可能性がある領域です。しかし、現状の技術を前提とすると③のカーボン・オフセットについては、カーボンを吸収する事業から排出する事業へと、排出権を移転できる「カーボン・クレジット」(排出権取引)を、国内に留まることなく世界で通用する制度を設計することが急務でしょう。これから30年、「グリーン」が世界各国の競争力の源になることは間違いありません。
■「グリーン」へ
トランプ政権と異なり、バイデン新政権では「グリーン」が米国の経済政策のど真ん中に入ってくると思います。経済政策を安全保障、社会保障などの側面も含めて大統領に助言するアメリカ合衆国国家経済会議(NEC)の委員長という重要ポストに42歳の若手、ブライアン・ディーズが任命されたことが目を惹きました。前職は世界最大手の運用会社の一つであるブラックロックのサステナビリティ投資の責任者で、その前の30代ではオバマ政権のNECで温暖化を担当する次官でした。年齢的には若手かもしれませんが、温暖化・経済政策のベテランです。かなりのスピード感で米国は「グリーン」へと舵を切るでしょうから、日本も遅れをとるわけにはいきません。
2025年の大阪・関西万博で日本が描く「いのち輝く未来社会のデザイン」に「グリーン」は不可欠です。現状からは大きな飛躍かもしれませんが、日本が「グリーン大国」であることを誇ることができる世界舞台でもあります。現在では非現実的に見えても、ムーンショットで飛躍した未来図からのバックキャスティングという発想で実現させるためには、このタイミングを逃してはなりません。特にグリーン分野では多様な専門性を持つ多くの若手を重要ポストに登用することが重要ではないでしょうか。なぜなら、全く新たな分野において、若手がこれからの社会の主役として実績を数多くつくる必要があるからです。DX(デモグラフィック・トランスフォーメーション)という世代交代とカーボン・ニュートラルという飛躍が、これからの日本の繁栄の時代への扉を開くことになるでしょう。