昨年10月、中国の深圳市(広東省)において抽選により選ばれた市民5万人に200元(約3200円)、合計1千万元分のデジタル人民元が配布された。市内の3400店舗が参加したと報じられる実証実験だ。12月には蘇州市(江蘇省)でも実験が行われ、市民10万人に同じく200元、計2千万元が配られた。さらに、深圳では2回目、3回目の実験が行われる見通しで、四川省の州都である成都市でも準備が進んでいる模様だ。
8億人がスマホ決済利用
中国で中央銀行デジタル通貨(CDBC)の実験が進む背景には、2つの理由があるとみている。1つ目の理由はスマートフォン決済の普及だ。中国ネットワーク・インフォメーション・センター(CNNIC)の「第46回中国インターネット発展情況統計報告書」によると、昨年6月時点で中国のスマートフォンユーザーは9億3148万人で、うち86%に相当する8億1072万人がスマートフォン決済を利用していた。
図表:中国におけるスマートフォン決済の利用者(毎年6月時点)
期間:2017年6月~2020年6月 出所:CNNICの調査よりピクテ投信投資顧問が作成
紙幣の流通網が脆弱なうえ、印刷技術の問題で偽札が多く、スマートフォン決済が広く受け入れられた。アリババ集団の「アリペイ(支付宝)」、テンセントの「ウィチャットペイ(微信支付)」が2大ブランドであることは言うまでもない。デジタル決済に馴染んだ中国の消費者にとって、CBDCは違和感がないのだろう。
人民元を基軸通貨に
もう1つの理由は、当局の強い意欲に他ならない。習近平政権の狙いは、しばしば指摘される技術覇権の確立以上に、人民元の国際化、基軸通貨化と言える。例えば東南アジアの新興国において、中国人旅行者が買い物の際にデジタル人民元での決済を求め、当該国がこれを受け入れた場合、その国の通貨より価値の安定した人民元が、その国民に好まれる可能性は否定できない。結果としてデジタル人民元が実質的に流通すれば、当該国は通貨管理において「人民元経済圏」に完全に取り込まれるだろう。財布に入れ、手に取って支払いに充てるハードな通貨ではないため、使用の際の心理的な抵抗のハードルは非常に低い。
中国は資本取引を自由化しておらず、これがデジタル人民元の基軸通貨化を妨げると主張するエコノミストは少なくない。しかし、まずは小口取引から他国経済に浸透し、着実に特定の経済圏におけるハードカレンシー化を目指すのであれば、中国は資本取引の解放に十分な時間を稼げる可能性がある。
ミャンマー政変の影に中国
2月1日に発生したミャンマー国軍によるクーデターは、背後に中国の存在を指摘する声が多い。経済協力と合わせ、仮にデジタル人民元がミャンマーなど中国と親密な関係にあるASEAN加盟国で使われるようになれば、「自由で開かれたインド太平洋構想」を進める日本にとって、経済的にも安全保障の面でも大きな問題になるだろう。
デジタル人民元を巡る中国の戦略は、バイデン米政権の対応も含め、2021年におけるアジア太平洋地域の主要な課題の1つになるのではないか。ポストコロナにおける訪日中国人の受け入れ再開をにらみ、日本政府と日銀も円のデジタル通貨化を推進せざるを得ないだろう。
ピクテ投信投資顧問シニア・フェロー 市川 眞一
クレディ・スイス証券でチーフ・ストラテジストとして活躍し、小泉内閣で構造改革特区初代評価委員、民主党政権で事業仕分け評価者などを歴任。政治、政策、外交からみたマーケット分析に定評がある。2019年にピクテ投信投資顧問に移籍し情報提供会社のストラテジック・アソシエイツ・ジャパンを立ち上げ
デジタル人民元はスマホなしでも使えるカード型の端末もあるらしく、また携帯電話の電波が無い場所でも使えるらしい。 つまり貧しい新興国の僻地でも利用できるような仕組みに仕上げてる。 なので中国からの借金漬けの新興国では、中国からの要請でデジタル人民元が急速に普及してしまうかもしれない。 自分が何にお金を遣ったのか、中国当局に筒抜けになる日が来たらと思うと心配です。