政府が打ち出した脱炭素社会の実現に向けて二酸化炭素(CO2)の排出量削減に動く企業が相次いでいる。セブン&アイ・ホールディングスやENEOSホールディングスなどは、CO2排出量の削減を役員報酬に連動させる仕組みを導入し、継続的な取り組みにつなげようとしている。
「リターンwithインパクト」。三菱UFJモルガン・スタンレー証券の黒田一賢シニアESGストラテジストは、ESG投資のあり方をこう呼ぶ。投資に対するリターンと、環境や社会に対する好影響を同時に求める考え方だ。「戦略的にステークホルダーに配慮した活動を展開することで、企業の財務指標も改善する」と話す。最新のESG活動のあり方について聞いた。
■連動させる指標は選定理由を明確に
――役員報酬にESG評価を連動させるとは、具体的にどういうことですか。
「一般的に役員報酬は固定で決まっている報酬と、業績などに応じて変動する報酬に分けられる。変動部分のKPI(重要評価指標)は、売上高や自己資本利益率(ROE)などの財務指標が使われることが多い。このKPIの1つとしてESG関連を組み入れる」
「ESG関連のKPIは主に2つのタイプがある。CO2排出量目標や従業員満足度といった社内で決めた指標と、第三者機関など外部の評価基準を用いる指標だ」
――それぞれの指標を用いるメリットとデメリットは。
「社内で決めた指標はなぜその指標を用いるのか、企業としてどこを目指すのかが明確で、企業の思いや方向性が伝わりやすい。一方で、良くも悪くもどのレベルを目標に定めるかは企業次第なので、実力と比べると物足りないような、達成しやすい指標になってしまうリスクはある」
「外部の評価はインデックス投資家向けに有効だ。評価の中身を自社で決められないので、数ある外部評価の中からなぜ選んだのかを説明できなければならない。また、ESG指数に選定されるなど、目標を達成するための行動が企業にどのような効果をもたらすのかを常に確認する必要がある。指数への選定や高い評価を得るための形骸化した行動になってはならない」
「どちらの指標を用いるにしても、力を入れて取り組んでいる領域や解決すべき課題に即したものかが重要だ。他社と比べて対応が遅れている分野の指標を使うケースも考えられる」
■ESG評価は財務指標の改善につながる
――ESGの観点を取り入れる背景は。
「リーマン・ショック後に高額な役員報酬が問題となり、企業のサステナビリティ(持続可能性)に注目が集まった。国内では、10年前くらいに保険会社がCO2の削減量を役員報酬に反映していたと把握している。数年前から化学メーカーで労働安全のKPI、機械メーカーでは品質面でのKPIを役員の評価に入れる動きが出始めた」
「CO2の増加による自然災害が増えると保険料の支払いが増えるし、労働安全上で問題があると工場などの稼働率が下がって売り上げに影響する。ESG活動に取り組むことで企業はリスクを抑制でき、最終的には財務指標の改善につながる。ESG関連のKPIを使わなくても、ESGに関わる活動は財務指標に反映される」
――なぜESG関連のKPIを導入するのでしょうか。
「ひと言で言えば、ESG投資が流行ってきたということだろう。ただ、ESG評価の向上が企業の財務指標にもプラスになると判断した上での行動だと感じる。投資で本来求められるリターンの向上や、サステナブルな企業の成長を促すものとして用いられるようになってきた」
「日本のESG投資はリターンと、環境や社会への影響(インパクト)のどちらかを優先する『リターンorインパクト』の色合いが強かった。役員報酬にESGの観点を取り込むことは、リターンとインパクトの双方を重視する『リターンwithインパクト』のESG投資が根付き始めた動きの1つだとみている」
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黒田 一賢 シニアESGストラテジスト
(三菱UFJモルガン・スタンレー証券 インベストメントリサーチ部)
証券会社入社後、気候変動に関する情報開示に興味を持ち英国へ渡航。現地の評価機関で勤務するなかで、企業が環境や人権問題に取り組むには経営層の判断力、企業のガバナンスが礎になるとの思いを強くする。2015年に帰国、以後は企業の非財務調査などの業務に従事する。母校の青山学院大学で非常勤講師も務めている。
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過去の記事・・・取締役のスキルを公開 「マトリックス」課題は実効性(2021/01/08)
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