「ラーメンとライスで4400円。罪悪感で妻に言えなかった」。ロサンゼルスに赴任したばかりの日本企業の駐在員がこぼす。「ファミレスで家族3人分1万円。失われた30年を痛感した」。元同僚のソーシャルメディアの投稿。米国を訪れる日本人が悲鳴をあげている。数年前から日米の物価格差が大きいと感じたが、パンデミック(疾病の世界的大流行)後の円安で格差は広がった。ジャクソンホール会議を受け円安がさらに進む可能性が指摘された。
ワイオミング州にある保養地ジャクソンホール。カンザスシティー地区連銀の主催で年次シンポジウム「ジャクソンホール会議」が初開催されたのは1982年。41年後のいま、世界の投資家が最も注目するイベントの1つになった。「映画制作者はカンヌを目指し、富豪はダボス。エコノミストにはジャクソンホールがある」とニューヨーク・タイムズ紙は伝えた。金融危機の後、ウォール街との関係への批判を警戒して銀行や金融機関のエコノミストの招待者数が削られ、公的機関の現役と元高官、学術界の一部のエコノミストに出席者が絞られたとしている。
今年のジャクソンホール会議では日米欧の金融政策の方向の違いが鮮明に示された。米連邦準備理事会(FRB)のパウエル議長は、25日の基調講演の冒頭、「インフレ率は依然高すぎる。適切ならさらに金利を引き上げる」と述べた。市場関係者が注目した「中立金利」については「明確ではない」と軽くけん制した。25日午後に講演した欧州中央銀行(ECB)のラガルド総裁は、「必要な限り金利を十分に景気制約的な水準に設定する」と明言。対照的に日銀の植田和男総裁はハト派姿勢。ロイター通信によると、植田総裁は26日、「基調インフレは依然目標をやや下回っている」とした上で、「それが現行の金融緩和の枠組みを堅持している理由」と語った。
外国為替市場はドル買い・円売り、ユーロ買い・円売りで反応した。フィナンシャル・タイムズ紙は、パウエルFRB議長が追加利上げの可能性を示唆したことを受け、日米金利格差が拡大するとの観測で1ドル=146円60銭台まで円が売られたと報じた。先進国の中で日本は、過去18カ月で利上げしていない唯一の国だが、円安が日銀に引き締めを催促する圧力となる可能性があるとしている。
パウエル議長の講演の消化が進み、予想ほどタカ派ではなかったとの見方が台頭した。25日の米株式市場は一旦下げたものの徐々に買い戻され、ダウをはじめ主要3指数は高く取引を終えた。ウォール・ストリート・ジャーナル紙は人気の「ハード・オン・ザ・ストリート」のコーナーで、パウエル議長は景気減速に勝利宣言しなかったものの、利上げサイクルを終わらせるかもしれないと伝えた。タカ派な発言もあったが、次の行動を急がない姿勢を示し株高で引けたとしている。米債券市場はまちまちの反応。米10年物国債利回りが横ばいだった一方、米2年物国債利回りは上昇した。ブルームバーグ通信は、債券市場はFRBの次のステップに確信を欠く状態となったと報じた。パウエル議長が思惑通り自由度を最大限確保した可能性があると解説した。
フィナンシャル・タイムズ紙は、ジャクソンホールの山を背景にしたパウエルFRB議長、植田日銀総裁、ラガルドECB総裁の3人が並んで立つ写真を掲載、世界経済に挑む「プレーブック(作戦帳)」は存在しないと報じた。パンデミックで生じたインフレやウクライナ戦争で世界経済は新たな時代になり、主要な中央銀行の過去の経験・戦略が通用しなくなったと解説した。主要中銀がどう動くかは憶測の域を出ず、不確実性がある。円相場は日米の金利格差が大きく影響。ドルは最強通貨、円が最弱通貨の状態がいつまで続くか。FRBや日銀の次の行動に注目が集まる。
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福井県出身、慶應義塾大学卒。1985年テレビ東京入社、報道局経済部を経てブリュッセル、モスクワ、ニューヨーク支局長を歴任。ソニーを経て、現在は米国ロサンゼルスを拠点に海外情報を発信する。