ウクライナに侵攻する前と比べ街は美化され、モノがあふれていた。家族の急用で一時帰国した妻の目に映ったロシアの首都モスクワは意外だった。西側企業は相次ぎ撤退したが、商品棚にiPhoneが多数あった。スーパーマーケットは輸入品が充実、日本の食品も売られていた。スターバックスは「スターズ・コーヒー」になったが、キャラメル・マキアートは残った。マクドナルドは日本語訳で「おいしい。それだけ」に店舗名は変更されたものの、味は良く3回も通った。高級レストランは満席。道路沿いの兵士募集の看板を除くと、一段と栄えていたと妻は驚きを隠せなかった。
侵攻から1年半。ロシアの第2四半期(4~6月)の実質国内総生産(GDP)は前年同期比4.9%増。消費回復を背景にプラス成長に転じた。iPhoneや欧米高級車は旧ソ連のカザフスタン経由で輸入されるとの指摘が多い。西側への原油と天然ガスの輸出は制限される中、中国とインドへの輸出は記録的ペースで増加。西側の期待ほど制裁は効いていないようだ。ロシアの7月のインフレ率は前年同月比4.3%と高いが、米国のコアPCE(個人消費支出)物価指数とほぼ同じ水準。ロシアの通貨ルーブルが急落すると、ロシア中央銀行は緊急利上げで相場を安定させた。
民間軍事会社ワグネルの指導者プリゴジン氏の反乱を受け、プーチン政権が弱体化するとの見方が多かった。8月に激変する可能性があるとの指摘もあった。1991年のクーデター未遂事件や98年のデフォルト(債務不履行)はいずれも8月に起こった。当時と決定的に違うのは経済の安定。過去に苦い経験をしたロシア人の間で「変化を望まない」ムードがある。ルーブル急落への早い対応は来年3月に選挙を控えたプーチン大統領が背後にいるとみられる。ブルームバーグ通信は、プーチン氏の側近らが中銀に公然と圧力をかけ、為替の安定と実質所得の目減り抑制を狙ったと報じた。選挙前の「アメ」として追加の景気刺激策を策定中としている。
ロシアの独立系世論調査会社レバダセンターの8月調査によると、プーチン大統領の支持率は80%と、高水準が示された。プーチン政権を脅かす有力者は死亡もしくは拘束されており、プーチン氏は通算5選を果たす公算が大きい。米政治メディアのザ・ヒルは、プーチン氏の脅威だったプリゴジン氏の墜落死について、「ロシアはマフィア国家であることを証明した」との米退役陸軍大将のペトレイアス氏のコメントを報じた。ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)は、「クレムリンのゴッドファーザー」と題したプーチン氏に関する歴史学者のエッセイを掲載した。
プーチン氏が露骨に敵視する米国でも大統領選が来年実施される。民主党はバイデン大統領が候補者に選ばれる公算だが支持率は低迷。米世論調査分析サイトのファイブ・サーティー・エイトがまとめた世論調査の平均支持率は40.6%で、不支持率54.6%を大幅に下回った。候補者乱立の共和党はトランプ前大統領が大きくリード。WSJが2日に報じた最新世論調査によると、トランプ氏が第1の候補者と答えた共和党員は59%で、2位のデサンティス・フロリダ州知事の13%を大きく引き離した。WSJは別の記事で、世界が「第2次トランプ政権」に身構えていると報じた。
英フィナンシャル・タイムズ紙は、「プーチン、トランプ、マフィア国家の意味」と題するコラムを掲載。個人的な忠誠要求と復讐を伴う脅迫はゴッドファーザー式の政治だと主張。プーチン氏とトランプ氏は共通点があるものの、プーチン氏が国内で裁かれる可能性はゼロであるの対し、トランプ氏は刑務所に送られる可能性があると指摘した。
米国で選挙戦が本格化する。トランプ氏は世界貿易戦争を引き起こす政策を主張すると予想され、金融市場の注目が高まりつつある。ウクライナ戦争が終わる兆しがない中、ロシア大統領選が半年後に迫った。ロシアの動向はエネルギーなどの価格に影響する可能性があり注目を集めるが、プーチン氏の動きは誰も読めない。米ロ2大国の選挙が世界経済の中期的な不確実要因になっている。
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福井県出身、慶應義塾大学卒。1985年テレビ東京入社、報道局経済部を経てブリュッセル、モスクワ、ニューヨーク支局長を歴任。ソニーを経て、現在は米国ロサンゼルスを拠点に海外情報を発信する。