【QUICK解説委員長 木村貴】国債は株式などと同様に市場で売買されており、価格は変動するため、券面に記された利率が同じでも、購入した時の価格によって満期までに得られる利回りは違ってくる。満期までに受け取る利息が同じなら、購入価格が高いほど利回りは低くなり、価格が安いほど利回りは高くなる。
つまり、長期国債の価格が下落すると長期金利は上昇し、逆に長期国債の価格が上昇すると長期金利は低下する。経済ニュースで「国債利回りが上昇」と出てくると、カッコ書きで「債券価格は下落」と断りが入るのは、そういう意味だ。いまさら説明するまでもない基礎知識だけれど、基礎はやはり大切だ。国債の価格は他の商品と同じように、「需要供給の法則」に従い、需要と供給の関係で決まるという事実を思い出させてくれる。
■新NISAも影響?
22日の国内債券市場で長期金利の指標となる新発10年物国債利回りが上昇(債券価格は下落)し、一時1%を付けた。1%はおよそ11年ぶりだ。別の言い方をすれば、国債価格はおよそ11年ぶりの安値を付けたことになる。
需要供給の法則から考えれば、国債という商品の価格が下がった原因は①需要の減少②供給の増加――のどちらか、または両方であるはずだ。おそらく両方だろう。
まず需要では、最大の買い手である日銀が今月、金融市場から国債を買い入れる金額をこれまでより減らした。3月に異次元金融緩和を解除して以来初めてだ。市場では、日銀がさらなる買い入れ減額に動くとの見方がくすぶる。
もう一つ気になるのは、新NISA(少額投資非課税制度)を通じた個人の海外株投資拡大の影響だ。投資信託を経由した個人の対外証券投資は1〜4月で4兆円を超えた。個人の海外株投資拡大が国内債の需要減に直接つながったとは言い切れないものの、個人マネーが国外に流出すれば、直接・間接に国債の購入余力が小さくなるのは間違いない。
次に国債の供給だが、これは明らかに増加している。国債の発行残高は年々増える一方だ。政府は2024年度予算でも35兆円の新規国債の発行を計画している。23年度の当初予算は下回るが、今後膨らまない保証はない。
実際、新型コロナの感染が拡大した2020年度から3年間、政府は景気の落ち込みなどに対応するとして、20兆〜30兆円規模の補正予算の編成を重ね、多くを国債の発行でまかなった。
コロナが収まった今も、国債発行額(新規国債以外の借換債や財投債などを含む)は以前の水準まで減っておらず、コロナ前よりおおむね30兆円程度増加している。この結果、普通国債の発行残高は2024年度末には1105兆円余りにまで膨らむ見込みだ。
長期金利の上昇を受け、国債の利払いにあてる費用も焦点となる。異次元金融緩和の解除を受け、24年度予算の一般会計歳出は利払い費に9.6兆円を計上し、23年度当初予算の8.4兆円から1兆円以上増えた。今後、金利が大きく上昇すれば利払い費がさらに増える可能性もある。
こうした状況を踏まえ、財務相の諮問機関である財政制度等審議会は今週まとめた意見書(建議)で、「利払い費の増加に伴い国債の増発を余儀なくされ、それが更なる金利の上昇を招くようなこととなれば、実体経済に著しい悪影響を及ぼす」と警鐘を鳴らした。
財政審は財政健全化に向けた「一里塚」として、基礎的財政収支(プライマリーバランス、PB)の25年度黒字を目標に掲げる。
■「増税で財政再建」は本末転倒
国債の増発やそれに伴う金利の上昇が「実体経済に著しい悪影響を及ぼす」という財政審の指摘は正しい。そうした事態を避けるには、巨額の公的債務問題に取り組まなければならない。ポイントは、どのような方法で取り組むかだ。
ロシア国営メディアのスプートニクは今月、興味深い記事を掲載した。国際通貨基金(IMF)のロシア担当事務局長アレクセイ・モジン氏へのインタビューだ。同氏によると、公的債務に対処するための選択肢は5つあり、その中には「何もしない」という要素を含んだ日本の選択肢も含まれる。
第1の選択肢は「まっすぐな道」だ。PBの黒字化を達成し、債務削減の目標期間に応じてそれを何年も維持する。
第2の可能性は、経済の高成長によって公的債務の国内総生産(GDP)に対する比率を低下させることだ。
第3は、インフレを通じて債務価値を減らすことだ。
第4の選択肢は、「日本のように何もせず、債務が際限なく増えるのを傍観すること」。かなり長期にわたって問題を先延ばしすることもできるが、これには日本経済が30年以上成長していないという事実が示すように、高い代償が伴う。
なお米国には、米国債の期間や金利を強制的に変更するという、いささか乱暴な第5の選択肢が存在しうるという。
日本が「何もしない」で問題を先延ばしにし、そのせいで30年以上を失ったというモジン氏の評価は手厳しいが、事実なので仕方ない。
日本が遅ればせながら、「何もしない」ことをやめ、公的債務問題に取り組むとしたら、最もまっとうなのは第1の選択肢だろう。第2の高成長シナリオは、3四半期連続で成長がなく、スタグフレーション(景気停滞とインフレの併存)の声すらささやかれる現状では非現実的だ。第3のインフレシナリオは、可能性としては大きいものの、政府は債務が実質減ってうれしい一方で、国民は物価高の苦しみに加え、保有する現預金の価値が奪われる「インフレ税」を課されることになる。下手をすると海外へのキャピタルフライト(資本逃避)が加速し、円安・金利上昇に拍車をかけかねない。
ただし第1のPB黒字化を目指すにしても、そのやり方が重要だ。政府はともすると、増税によって黒字化を図ろうとする。だがそもそも多額の国債発行が問題なのは、利払いや償還のための課税が民間の負担となり、経済の活力を奪うからだ。財政再建のために増税したのでは、本末転倒である。国民所得に占める税と社会保障負担の比率を示す国民負担率は5割近くに達しているのだから、むしろ減税が必要だ。
黒字化を目指すなら、政府支出の削減によって実現しなければならない。もちろん簡単ではない。聖域扱いされる社会保障費にも切り込む必要がある。これは決して弱者切り捨てではない。中途半端な民営化ではなく、政府の関与を完全に排して自由競争を促せば、多くの人に柔軟で便利なサービスを安く提供することができる。規制に縛られず創意工夫にあふれた福祉・医療ビジネスで、魅力ある上場企業が今よりも多く生まれるだろう。
長期金利の1%到達は、国債の供給過剰が民間活力を奪う現実に対する、金融市場からの警告だ。先延ばしに別れを告げ、正しいやり方で財政再建に取り組めば、世界と渡り合える日本の資本主義を取り戻す転機になる。