7月の米雇用統計はいつもより注目を集めていた。前日の1日に発表された新規失業保険申請件数が労働市場の減速を示唆、米サプライマネジメント協会(ISM)製造業景況感指数は過去8カ月で最大の活動縮小を示した。「弱い統計」が予想されたが、非常に弱かった。ウォール・ストリート・ジャーナル紙は、雇用統計は労働市場が顕著に冷え込んだことを示唆したと報じた。非農業部門就業者数、失業率、平均賃金はいずれも労働市場の緩みを示したが、市場関係者は特に失業率が4.3%に上昇したことに注目した。
米連邦準備理事会(FRB)の元エコノミストであるクローディア・サーム氏が提唱した「サーム・ルール」。直近3カ月の失業率平均が過去12カ月で最も低かった失業率を0.5ポイント上回ると、リセッション(景気後退)の確率が高いという経験則だ。1970年代以降に7回抵触、すべての景気後退を先取りした。セントルイス地区連銀の「サーム・ルール景気後退指標」は0.53に上昇。7月初めに発生したハリケーン「ベリル」の影響との指摘もあるが、統計を発表した労働省は影響はなかったとコメントした。
FRBの金融政策をめぐる見通しは激変。雇用統計前は0.25%の利下げが年内2~3回あると幅広く予想されていたが、JPモルガンとシティグループは9月と11月に0.50%ずつ、12月にさらに0.25%の年内合計1.25%の利下げがあるとの見通しに大幅修正した。ゴールドマン・サックスは9月以降に3回の利下げがあると予想。12月まで利下げはないとみていたバンク・オブ・アメリカのアナリストは9月利下げ着手に見通しを変えた。市場関係者の一部は緊急利下げの可能性もあると考えている。
弱い雇用統計を受け、2日の取引で米国債利回りは急低下(価格は急上昇)。長期金利の指標である米10年物国債利回りは3.79%と、昨年12月以来の低水準。短期金利のベンチマーク、米2年物国債の利回りは3.88%と、前日から28ベーシスポイント(0.28%)も下げた。ドル指数(DXY)は5月以来の大幅低下。ドル円相場は2023年からの上昇トレンドラインを割り込んだ。中東緊張や「もしトラ」の後退も寄与、幅広い暗号資産(仮想通貨)が積極的に売られた。これまでは、米利下げ見通しや米国債利回りの低下は株式市場の買い材料だったが、今回は逆の反応。Bad Newsは文字通りBad Newsに。ダウ工業株30種平均は610ドル安。S&P500種株価指数は1.8%下落。ナスダック総合株価指数は2.4%下げ、直近高値から10%超安くなり調整局面入りした。半導体大手インテルは26%急落、24年前のITバブル崩壊が意識された。
潮目は変わったか。ニューヨーク・タイムズ紙は、金融市場のボラティリティーは「心理の大きい変化」を反映、誰もFRBが遅れたと判断したとする市場専門家のコメントを引用して報じた。ワシントン・ポスト紙は、複数のアナリストは依然として株安基調は短期的と考えていると伝えた。不確実が高い要因は少なくない。金融市場は当面、FRB高官の発言、地政学リスク、企業決算と経営者コメントに敏感に反応しそうだ。
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福井県出身、慶應義塾大学卒。1985年テレビ東京入社、報道局経済部を経てブリュッセル、モスクワ、ニューヨーク支局長を歴任。ソニーを経て、現在は米国ロサンゼルスを拠点に海外情報を発信する。