【QUICK解説委員長 木村貴】急激で制御不能な、極端なインフレをハイパーインフレという。歴史上、ハイパーインフレが起こった国には共通点がある。お金を増やし、政府の財政赤字を穴埋めする「財政ファイナンス」を大規模に行っていたことだ。現在の日本は事実上、この条件に当てはまる。日銀は金融緩和のためとして国債を大量に買い入れ、残高の半分以上を保有している。
もちろん、これだけで日本にハイパーインフレが起こると断定はできない。それでも、万が一に備えておいて損はないだろう。アフリカ南部の国ジンバブエを参考に、サバイバルの方法を探ってみよう。同国は2008年にハイパーインフレを記録し、100兆ジンバブエドルという天文学的な額面の紙幣まで発行した。
地域社会が重要
ハイパーインフレに襲われたら、いきなり身もふたもない話だが、「国外に逃げる」のがベストの選択のようだ。ジンバブエのハイパーインフレを詳しく調査したエコノミストのフィリップ・ハスラム、ラッセル・ランベルティ両氏の共著『マネーが国を滅ぼすとき(When Money Destroys Nations)』によれば、国民の4分の1から3分の1に当たる400万人以上の人々が国外に去ったと推定される。主な行き先は隣国の南アフリカ、ボツワナ、ザンビアのほか、英国、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドなどだ。
両エコノミストは「できるうちに国外に出よ」と強調し、調査で聞き取った、ボツワナに住むジンバブエ人の父親の次のような回想を紹介する。「ジンバブエをとても恋しく思いました。けれども暮らしの変化は急激で、国外に去ったときには良い方向に変わりました。多くの人が国を去るという最後の決断に葛藤しましたが、私たちは去ったときにはとてもうれしかった。もっと早くやるべきでした。故郷から離れて放浪することになりましたが、とどまるよりはるかに安全でした」(以下、特に断らない限り引用は同書より)
とはいえ、それぞれの事情で故郷を離れられない人が多数派だった。住んでいる土地にとどまると決めた場合、とくに何が重要なのだろうか。それは「人間関係と地域社会」だという。ハイパーインフレ中、最善の対処法は地域社会とかかわり、必要な品物を物々交換することだ。社会不安から身を守るにも役立つ。
食品や燃料がお金に
政府のお金が価値を失うハイパーインフレの社会では、その代替手段が大きな問題になる。ジンバブエでそれは3種類あった。食品、燃料、外貨である。
食品は誰もが日々ほしがっているので、すぐにお金代わりになった。傷みやすいものもあるが、生野菜や保存のきく缶詰は非常に役立った。ある農家はすべての蓄えを穀物に変え、人と取引をする場合はいつでもそれを使った。ある母親はこう語った。「食料庫には鍵をかけていました。食べ物はお金と同じだったからです。それは私たちの投資であり貯蓄でした! 労働、砂糖、米、燃料など、食べ物で何でも支払うことができました。それはお金だったのです」
ジンバブエでは燃料が不足した。需要が増加する一方で、限られた外貨で輸入しなければならなかったからだ。このため燃料はお金の代わりになった。人々は普段からガソリンの缶を持ち運び、量を測って物々交換に利用した。まもなく商品の値段はガソリンのリットル数で表示されるようになった。首都ハラレに住む通訳兼教師は家賃も燃料で払ったが、「1平方メートルにつき1リットル」の取り決めだったという。
燃料には利点があった。品質がかなり均一で、ほとんどの人が暮らしや商売のために日々必要とした。また政府は外貨や金のようには燃料の保有を規制できなかった。そんなことをすれば産業や経済が崩壊してしまうからだ。
3番目のお金は外貨だ。大規模な取引は安定した外貨を使い、通常はオフショア(海外)口座間の送金によって実行した。ジンバブエドルに比べれば他のすべての国の通貨は安定しており、取引に役立った。ただしオフショア口座を開設する際、マネーロンダリング(資金洗浄)規制や銀行規制がハードルになった。
インフレに強い資産とされる金(ゴールド)はどうだったろう。金や貴金属は外貨同様、政府によって厳しく規制されており、大量に保有しているのが見つかると、誰でも逮捕された。インフレには強くても、政府の規制という別の関門があったわけだ。それでもリスクを冒し、非合法に金を取引したり国外に送ったりする人は多かった。金に限らないが、自分や家族の命がかかっているのだから、法を破っても責める気にはならない。
株式もインフレには強いとされる。ジンバブエでもハイパーインフレのさなか、株価は急騰した。値動きは激しくなる可能性があるため、リスクを覚悟で購入する必要がある。
銀行預金は異常な高金利だが…
ハイパーインフレの下で、注意が必要なのは銀行預金だ。預金の金利が表面上、非常に高くなるので、お金が増えるという印象を受けやすい。しかし、それは錯覚だ。ジンバブエで預金金利は8000%にまで上昇し、お金を預けた人は年間80倍に増やすことができた。だがそれだけでは十分ではなく、預金の実際の購買力はゼロに向かって急低下した。多くの人は何が起こっているのか理解できず、異常な高金利に引かれて、無邪気にお金を銀行に預けた。そしてすべてを失った。
ハイパーインフレになったとき銀行に預金があったら、すぐに引き出すことを検討するべきだろう。現金の引き出しを制限する預金封鎖が実施される恐れもあり、ジンバブエでは実施された。現金が手元にあれば、外貨のほか、金貨、銀貨、燃料、保存食など、インフレに強い、お金代わりになる商品を手に入れることができるかもしれない。ただし現金は長く持つほど価値を失うから、できるだけ早く使ってしまわなければならない。
実際、ジンバブエドル紙幣の価値は日に日に目減りしていった。中央銀行は万、億、兆と次々に高額紙幣を発行したが、物価上昇の前には焼け石に水だった。大きなバッグに大量の現金を入れて買い物をする人も目立った。朝日新聞記者の石原孝氏によると、現地のコーディネート役の男性は苦笑いしながら言った。「国民の大半がビリオネア(億万長者)、いやトリオネアになった。当時のジンバブエは、中東のカタールやドバイなんて目じゃなかったんだ。何の価値もなかったけどね」(『堕ちた英雄』)
年金も確定給付型の場合は注意が必要だ。ジンバブエの金融アドバイザーはこう語った。「もしジンバブエの通貨崩壊前に年金受給者に助言していたら、こう言ったでしょう。現金化しなさい。年金を受け取っているなら、価値のあるものに移しなさい。年金の仕組み自体に改善策はありません。どんな固定収入もハイパーインフレでは無になります」
ビジネスチャンスにも
暗い気持ちになってしまったので、前向きな話にも触れておこう。ハイパーインフレはビジネスチャンスになりうる。前出の両エコノミストはこう述べる。「オンライン暗号通貨とその関連サービスは、紙幣が崩壊する中で莫大な利益をもたらしうる。地域社会がつながり、連絡し、取引・供給物流を調整することを可能にしたり、高額で価格が変動する複雑な通貨建てで商品やサービスを購入・決済することを支援したりするなど、人々の日常的な問題に対する解決策を生み出す専門的なモバイルアプリは、未開拓の巨大なチャンスだ。大いなる危機の時代における技術的解決の可能性は、ほとんど無限である」
ジンバブエ、窮余の「金本位制」回帰 金裏付け通貨発行https://t.co/k6TOnz0RbP
— 日本経済新聞 電子版(日経電子版) (@nikkei) April 11, 2024
最近のジンバブエでは激しいインフレや通貨安がぶり返している。今年4月、通貨安定を目指して、金と外貨準備に裏付けされた新たな法定通貨ジンバブエゴールドを発行して注目されたが、あまり効果は上がっていないようだ。
ハイパーインフレは起こってから対処するよりも、最初から起こさせないのが一番だ。そのためには政府の過剰な支出や財政ファイナンスを日頃から厳しくチェックする必要がある。日本でそれができているとは思えない。